東アジア歴史文化研究会のブログ

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう

日本にとって危険信号となるサウジの「女性の運転解禁」(加瀬英明のコラム)

東アジア歴史文化研究会

いったい、女性が自動車を運転するのが、そんなに大(おお)事なのだろうか?

6月24日から、イスラム世界において女性に対する差別と、もっとも宗教戒律が厳しいサウジアラビアで、女性がはじめて自動車を運転することが認められたことが、日本でも大きく報道された。

日本はサウジアラビアに石油・天然ガスの40%と、その小さな隣国のアラブ首長国連合の20%を加えると、60%も依存している。日本が必要としている石油・天然ガスの80%が、サウジアラビアをはじめとするペルシア湾岸から、運ばれてくる。

日本を人体にたとえたら、血液の80%がペルシア湾岸から、供給されている。

サウジアラビアで、女性が自動車の運転を許されるようになったのは、日本に対する危険信号が灯ったようなことだ。

もし、サウジアラビアが安定を失って、周辺も巻き込んで大混乱に陥った場合には、日本の国民生活が根元から揺らぐことになる。

昨年、82歳のサルマン国王が、モハメド・ビン・サルマン王子を世継ぎとして擁立すると、今年、32歳の皇太子が2030年までにサウジアラビアの脱石油経済化をはかって、近代国家につくり変える大規模な計画を、強引に進めるようになった。

いまや、皇太子は世界の注目を浴びて、MBSの頭文字によって知られるが、これまでサウジアラビアの政治が、1万人もいるという王子(プリンス)の合意によって行われてきたのにもかかわらず、ライバルの王子たちを逮捕、厖大な財産を没収などして、独裁権を手にしている。

私はイスラム教の研究者であって、1980年代に三井物産と、日商岩井(現・双日)の中東の顧問をつとめたが、“ビジョン2030”として知られる大計画は、成功しないと思う。サウジアラビアは1932年にイギリスが砂漠につくった、多くの氏族からなる人工国家であって、もっとも力があったサウド一族によって、国名を「サウジ(サウド家の)アラビア」と、定めてきた。

サウジアラビアは、砂漠と、棗椰子(なつめやし)と、駱駝(らくだ)の国だが、国民は先の大戦後に外国人の手によって生産される石油が、巨富をもたらすまでは、隊商が主な収入源で、農業に携わってきたイラク、シリア、エジプトの人々の勤勉な習性を欠いており、もっとも背が高い建物といえば、遊牧民のテントだった。

それが、これまで国民が湯水のような巨額の石油の収入によって、税金、家賃、教育費、医療費、光熱費が免除され、肉体労働は外国の出稼ぎ労働者に頼るという、まるで不労所得者のような国となっていた。政府はサウド家に対する忠誠心が薄い、多くの氏族から成り立つ国民を、潤沢な石油収入によって宥(なだ)めて、安定を保ってきた。

MBSの近代国家化プロジェクトは、2014年から原油価格が暴落したのと、急速な人口増に加えて、世界が脱石油時代へ向かっている危機感に駆られたものである。

MBSは海外からの投資に、期待している。そのために、サウジアラビアが女性を差別しているのに対して、批判が強い両側諸国の好意を確保するために、女性に自動車運転を許すようになった。

だが、サウジアラビアでは、2001年にサウジアラビア国籍のイスラム過激派テロリストが、ニューヨークの世界貿易センタービルを破壊した時にも、八年前にチュニジアで“アラブの春”が始まって、民主化の高波が中東を襲った時にも、危機に迫られるたびに、女性の権利を小出しに拡大してきた。

MBSはまだ権力基盤を固めつつあるし、“2030年プロジェクト”が失敗すれば、この国が大混乱に見舞われることになる。

私は6月に、経済産業省の担当官と意見する機会があったが、おそらく“2030年プロジェクト”がうまくゆかず、サウジアラビアの行方が危ふいという見方で、一致した。