『通貨戦争4・0』。世界経済は金本位復帰を目指すかのように ビットコイン、イーサリム、リブロ、そしてブロックチェーン(宮崎正弘国際ニュース早読み)

原始社会において古代人は石、貝殻を通貨として代用した。いまも大きな石が通貨替わりとなる国は、ミクロネシア連邦のヤップ島。貝殻が依然として通貨として使われているのはパプア・ニューギニアだ(縄文人は翡翠、琥珀を貿易(=物々交換)の決済に代用した形跡がある)。
ヤップ島の巨石通貨に関しては、ジョン・メイナード・ケインズも注目したことがある。この石、貝殻の通貨を「通貨1・0」とすれば、シュメール、カルタゴ、ローマ、バビロニア帝国で流通し始めた金貨、銀貨、銅貨は「通貨戦争2・0」となる。
カルタゴの遺蹟ではハンニバル通貨のレプリカを売っている。一箇五ドルほどだった。紀元前にすでに人類の経済流通はこのように発展していたのだ。
奈良から平安時代まで、日本は中国から銅貨を輸入して決済手段としていた。
そして石見、佐渡、甲斐で金銀の産出か高まると、秀吉の慶長小判から江戸時代の小判改鋳という経過をたどりつつも、金銀の量的上限を超えた経済規模となり、商人たちは約束手形から小切手を発明し、各藩は「藩札」を発行した。これらを含めて近代国家では、政府あるいは中央銀行券を「通貨3・0」と定義してもよいだろう。
同時に世界は共通通貨の理想が掲げられ、共通言語エスペラント語のように、ケインズはブレトンウッズでは世界共通通貨「バンコール」を提唱した。結局、第二次大戦後の世界経済はドル基軸体制となり、そのうえドルは金と兌換できたため絶大な信用が生まれた。通貨の信任とは、誰が補償するか、その能力、信用度と代替価値である。
英国のポンドは凋落し、ユーロ、日本円がSDR(特別引き出し権の通貨バスケット)に加わり、中国の台頭、経済力の躍進があって、人民元もIMF・世銀体制の「SDR」に加わった。
けれども2019年の世界はドル基軸が揺るがない。この現代を「通貨3・5」と読んでみよう。ブレトンウッズ体制は壊れたと言う人がいるが、筆者はそうは思わない。
現代資本主義の血脈である銀行は利息収入によって成立する。基本スキームはグローバル化がすすみ貿易が拡大発展、飛躍すると、銀行が発行する信用状、その発行手数料とコルレス間の送金手数料、そして最終決済地のNYあるいはロンドンが、決済成立までの利息を収入とする。
この手数料が世界の金融機関全てを併せると、年間800億ドルになる。となれば、節減の必要が説かれ、そこで送金を簡潔にした仮想通貨イーサリムが流通する。この発明者はIQ250のコンピュータ博士だった。もう一つが送金、それも親会社から子会社へ海外への関連会社、そして個人間の送金が、いとも簡単になる仮想通貨の出現は、はやくから理論的に説かれていた。
▲インターネットが従来の社会システムを覆した
海底ケーブルが世界の海に敷設され、国際電話がテレックスに切り替わり、送金はより簡単に、銀行間決済も迅速化された。それがもっと早くなったのがネットの発展である。
インターネットは世界同時通信を可能として、AI技術の進歩はフィンテックをもたらし、銀行業務に壊滅的打撃を与えた。
同時に登場したのが仮想通貨(暗号通貨)だった。
「すぐに消える」、「インチキ通貨」などと酷評されながらも、じつはビットコインは登場以来、十年の歳月に耐え、それどころかマネーロンダリング、テロリストの軍資金としても、重宝されるにいたっている。北朝鮮のハッカーは身代金をビットコインで要求する時代を迎えた。
ますます発展すると見込んだフェイスブックが、新しい仮想通貨リブロに挑戦する。本格的な「通貨戦争4・0」の開幕である。
この源流的な考え方は、じつはハイエクが唱えた。政府だけが通貨を発行し、管理するのではなく、プライベートな貨幣が並立すれば、国家の放漫財政が規律を伴って抑制され、良質な通貨となる競合状態を招くという理論だった。理論的にハイエクが甦ったのだ。
しかしよく日常風景を考えてみれば、デパートの商品券の発行量も旅行券もビール券も政府の通貨発行権からは逸脱したプライベート通貨と言えなくもない。地域振興券もそのたぐいと既定できるだろう。
ビットコインはまさに「一国一通貨」という原則を飛び越えた異次元の通貨として、2009年から、いきなり国際間で通用し始めた。その急速な普及と発展は1996年から開始されたインターネット社会の劇的な進化と平行しておきてきた。
しかし留意しておきたいのはビットコインなど仮想通貨を普及させた人々の多くが、じつはリバタリアンだったこと。政治イデオロギー的には左派に属し、国境は撤廃、中央政府は要らないと説く集団だったことである。かれらがシリコンバレーで多数派となり、その殆どが民主党支持である。なぜか。
かれらの発想の根幹にあるのは、暗号技術が国家に対抗し、国境を無視して、個人の自由や尊厳をまもるツール化すること。ネット上で暗号技術を駆使し、当事者間で直接の通信をなすことに置かれたことである。
ビットコインの基本原理は、安全性を優先し(秘密性を尊ぶと同義語だが)、最初からその発行量に上限が設定されていることだ。供給量に制約が課せられれば需要が大きくなれば値上がりする。しかし、一方で価格が急騰すると、ビットコインは貨幣価値を超えた金融商品として投機対象になりうる。
▲それはナカモト・サトシという日本人らしい人物の発想から始まった
国家の境界を易々と越える、博打場のようにギャンブラー達が投機商品の一種と勘違いすれば、誰が群がるか?
これが発明者とされるナカモト・サトシの計算にはなかった。ビットコインは85%が中国で取引され、ついで取引が多かったのがロシアだった。中露両国はただちにビットコインならびに仮想通貨の国内取引所を禁止し、中央政府の通貨発行の独占権を死守しようとした。
しかし海外に持ち出せる外貨が年間五万ドルという制約がある中国では、海外へネット一つで越境できるビットコインは魅力だった。2013年頃まで、取引の多くがキプロスでなされ、次いで現在はマルタではないか、と推測されている。
「貨幣の進化の最前線に突如として現れた仮想通貨は、私たちの持っていたお金や金融の概念を覆し、人類がこれまで築いてきた法制度や経済、組織の統治(ガバナンス)の形すら塗り替える破壊的パワーを現実にふるい始めた」(木の内敏久『仮想通貨とブロックチェーン』、日経文庫)
「ビットコイン」の提唱者はナカモト・サトシという日本人を名乗る人物で、いったい誰なのか、いまもって判然としていないうえ、「サトシとは、よくネットで通信している」という学者がいるかと思えば、「私がナカモトです」と自ら名乗り出たパキスタン人もいる。
ところが、政治経済分析に詳しい評論家のジョージ・ギルダーは最新作の『グーグルのあとにくる社会』(LIFE AFTER GOOGLE)のなかで、この人物を特定している。豪の経済学者で、日本名を名乗ったのは小さな時からサムライに憧れていたからだとしている。
名前はクレイグ・ステーブ・ライト、豪の大学を出て税務署に勤めながらコンピュータ理論の研鑽を積んだ人物で仮想通貨国際シンポジウムでも、ギルダーは会ったという。
ともかく『暗号通貨』はナカモト・サトシという日本人らしい名前を名乗る暗号マニアの発想から始まった。発想のヒントはP2P(ピエール・トゥ・ピエール)にあったらしい。P2Pは中国ではネット上のカネの貸し借りで勇名を馳せ、やがて20兆円ものカネが蒸発して消えた。
ビットコインも詐欺事件が横行するのは仮想通貨そのものではなく取引所主催者の詐欺である。ビットコインそのものは暗号の採掘が進んでおり、投資家の魅力を引きつけている。
▲世界経済、とくに「貨幣戦争4・0」が開幕した
これが世界史において「通貨戦争4・0」の嚆矢になるとはナカモト自身も想定してはいなかっただろう。かれはマネーゲームの興隆を想定していたのかも知れない。だからナカモトは途中から忽然と身を引いたのだ。
メリットはオープン型であるから不特定の者に対して代価弁済使用が出来るうえ売買も交換も可能である。財産的価値があり、電子台帳に記録され、主要国通貨の価値で表記される。ましてやパソコンで送金を処理できるのだ。
ならばデメリットはないかといえば、発行者が不在であるため、金融商品とは該当せず、財産的価値をもつとはいえ有価証券とは見られない。責任者が不在であり、発行の上限があるため、一日の取引は60万件数に留まる。これはヴィザカードの取引量が一日1500万件と考えれば、規模が小さい。また通貨量の調節ができる管理者がいない。
あくまでも原則は供給量の上限を設定することだった。サトシは実際に2009年から自分のコンピュータを二台、駆使してビットコインを発行し始めた。ということは多くが指摘しているように「供給の上限」という意味は古典的経済学の基本にあった「金本位制度」の原理の応用だったのである。
すなわちビットコインの上限は2100万個と決められており、すでに2018年までに80%が採掘され、2033年には99%が採掘されるだろうと言われる。となれば、ビットコインの類似暗号通貨が雨後の竹の子のごとく登場する。現在、世界に流通している暗号通貨は700種とも言われている。
金が通貨の信用裏打ちとなる金本位制では、金の保有量の枠内でしか通貨は発行できないのが、古き良き時代を代表した金本位制度の特色であり、もし一定量をこえても政府が通貨供給を続けるときは、必然的に通貨価値が下がる。
1971年に米国が金本意制度から抜け出すと発表するや、世界の為替市場は一瞬取引を停止した。ドルは360円から二年後のスミソニアン合意で、308円に暫定された。だがその後もドルは低下し続け、1985年のプラザ合意で240円となり、以後はフリーフォール、ついにクリントン政権時代には一ドル=79円をつけた。つまりドルが金に裏打ちされていないからであり、昨今、ドイツ、露西亜、中国が不気味に金備蓄を増やしているのは、自国通貨の防衛戦略の発動である。
信用枠を超えて通貨を増刷し続ければ10万ドンが1ドルというベトナム、15万ルビーが1ドルというインドネシア通貨のような運命が待ち受け、げんにジンバブエは自国通貨が破産し、法定通貨はドル、ユーロそして人民元となった。
ソブリン通貨を放棄して米ドルを通貨としているエクアドル、東チモールの例もあれば、自国通貨はあるにはあっても、誰も信用しないため、商人らはすぐにドルに換えるか、金製品に交換しておくのが、ラオス、カンボジア、ミャンマーであり、これらの国々でも米ドルが日常生活で支配的である。
とくに後者三ヶ国とタイ、マレーシアを加えた国々では、活気に満ちたチャイナタウンへ行くとゴールドショップが花盛りで、早朝から売り上げをもって、金製品と交換に来ている。伝統的華僑はビットコインも信用していないようだ。
▲ここに「MMT理論」が登場し、状況は錯綜複雑化した
さきほども説明したようにビットコインは中央銀行や政府から干渉されないという意味でリバタリアンの政治思想が基調にある。
同じ左派でも逆に「大きな政府」を志向するのが米国においては民主党左派である。かれらが「無制限の財政支出は経済を豊かにする」のがMMT理論だと、勝手に誤解してMMTに飛びついた。
ところが、MMTを現代的に理論づけたのはランダル・レイ(バード大学教授)とビル・ミッチェル(豪ニュー・カッスル大学教授)等である。米国にいてMMT理論のスポークスウーマンが、ステファニー・ケルトン女史(ニューヨーク州立大学教授)である。
経済がデフレの時代には、その脱却までの期間、政府赤字の累積債務など気にせず、政府支出の拡大が必要であるとするもので、一見制限のない財政拡大論と誤解されがちだが、デフレ脱却の一手段という貨幣論。ケインズの流れを与む学説と解釈される。
言葉を換えて言えば、適度なインフレがデフレ克服の眼目であり財界に賃金上昇を要請したりするアベノミクスと適応し、肯定的な化学反応があった。だからMMT理論を提唱するケルトン教授らは、「MMTを実戦し、成功したのは日本だ」と評価したのも、当然である。
げんに日銀が国債を大量に買い上げた結果、日本経済は持ち直してきた「実績」が証明する。つまりMMTは、日本が無言のうちに実戦してきたのではないか。
まことに時期を得た、というより政治的には好都合な議論が沸騰した。かつて丹羽春喜教授が力説した総需要喚起のための政府紙幣発行という「打ち出の小槌」論に酷似する現代貨幣論(MMT理論)が装いを新たにして、鮮烈な再登場である。
丹羽理論の肯綮は有効需要の創出というケインズ学派の延長線にあるものだった。つまり通貨発行権は政府にもあるのだから、政府紙幣を並立させれば良いとする学説で、もちろん日銀、財務省は聞く耳を持たなかった。
日本では一部保守系の政治家と理解者のもとで勉強会が続けられた。筆者も何回か、その会合には参加している。
▲米国では左派が誤読して熱烈に支持、日本は保守系エコノミストがちゃんと理解した
筆者は丹羽理論に全般賛意をしめすものではないけれども、赤字国債は気にする必要がなく、景気回復、雇用創出のために財政出動は、国民の金融資産を担保に、その枠内でも国債発行が出来るし、そうやれば景気は回復できると唱えてきた。
具体的に言えば国民の金融資産1800兆円を上限に国債を増発しうるし、それを行っても対外債権が3兆ドルもある日本では円安も起こらない。
さてそうはいうものの、現代世界は、MMT理論で物事が解決するのだろうか?
世界全体で金融機関を除く企業と家計、政府部門の債務残高は、180兆ドル(約1京9千兆円。2018年末)に達している。この債務総額は2007年比較で1・6倍となり、未曾有の借金地獄にあると国際決済銀行(BIS)は警告している。とくに中国の債務が増大傾向にあって、危機水域をこえていることは世界の金融世界の常識である。
米国でMMTに真っ先に飛びついたのは極左バニー・サンダーズの支持者だった。
所得格差の拡がりと不法労働移民に悩む米国で、もうひとつ深刻な問題は学費ローンなのである。ハーバード大学の授業料は5万ドル前後、普通の大学でも3万ドル、これに生活費、下宿代、教科書代が加わり、学生の多くがローンを利用して通学する。つまり大学を出ても、学生ローンに生涯つきまとわれ、自宅購入どころか結婚資金もないという借金地獄に陥る。
日本も大学ローンに関しては似た状況にあって、たとえば早稲田大学の授業料は年間122万円。入学時に別途入学金が20万円、卒業時に同窓会費がこれまた別途に4万円徴収される。
特待生、返済義務のない奨学金は外国人留学生に無制限に開放されているが、肝腎の日本人には狭き門となっている。文部行政の失敗である。
朝から夜中までアルバイトしても、学生ローンに追われ、やはり一流企業か官庁にでも就職しなければ一生ローンがつきまとうという暗い人生になる。だから生涯独身が増え、少子高齢化社会は、いずれ無子衰弱化社会となる。;
突破口はMMTの実戦ということになる。
社会主義者をなのるサンダースは、まだ予備選を戦っているが、往時の人気は希釈され、かれよりも過激な左派候補が、本命バイデンに迫っている。大統領候補レースをみていても、MMT理論が誤解され、ねじ曲げられて盛んに議論されたのだが、ケルトン女史は来日したおりの講演会で「わたしは社会主義ではなりません」と明確に否定している。
くわしい論争の経過は『クライテリオン』2019年九月号に詳しいので、詳細を省くが、筆者の関心は、米国ではリベラル左派の教条主義の匂いがするのに対して、日本ではむしろ保守系の学者、エコノミストがMMTを支持しているという際立った特徴である。
いずれにしても、世界経済は通貨をめぐって新時代に突入したことは確実である。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。