『なぜ日本は中国のカモなのか』石平・李相哲共著(産経新聞出版) 「儒教を独尊儒学術で支配的イデオロギーに作り直した中国」(石平) 「(儒学は)人を奴隷にするための教えです」と李相哲教授

この本を読み終えて、評者(宮崎)が最初に連想したのは、韓国版『諸君!』といわれた保守系の月刊誌を主宰していたイドヒュン氏の「日本体験」談だった。イドヒュンは日本特派員もされた経験があり、日本語は流暢だった。先年、亡くなったが韓国の保守論壇で影響力の強い論客でもあった。
或る年、ソウルで氏が主催する「日韓シンポジウム」に高坂正堯氏と評者がパネリストで招かれた。日本特派員時代の話のなかで強烈な記憶は次の逸話だった。
福田赳夫首相の談話を貰うため約束の朝、住所を尋ねながら、あちこちをウロウロ。どうしても福田首相邸を発見できず、交番で聞いた。なんと日本の首相の家は、韓国でいえば「しもた屋」。隣のアパートは洗濯物を干していた。最初、信じられなかったという。
日本の権力者がなぜ、こんな粗末な家に住んでいるのか?
石平氏は感嘆を籠めて言うのだ。
「日本的な審美観のすごいところは、絢爛豪華を否定して、さらに上を行く美です」
李相哲氏も、この日本的特徴を演繹し、「日本の神道は独特な文化を作りだしていて、そこから全てのもの、高貴なるものに『道』をつける」のだと語る(218p)
中国に於いては皇帝だけが自由で、ほかは奴隷である。
韓国は小中華ゆえ、大統領夫人の兄貴の家に行ったことがあるが、なかなかの豪邸だった。家族が収賄に熱を出し、退任すれば逮捕されるか、自殺するか。刑務所にはいらなくて済んだ例外は金大中だが、息子三人は収賄で捕まった。
さて本書を読む前まで評者、石平さんの対談相手の李相哲氏を韓国人だと思っていた。おもに韓国政治ならびに朝鮮半島に関する著作が多いからだ。ところが、李相哲氏は黒竜江省生まれで戸籍は中国。つまり在中朝鮮族だと知った。
それゆえ中国、北朝鮮、韓国に愛着はなく条件が揃った時点ですぐに日本に帰化した。この二人が中国人、韓国人、日本人を思想と文化比較で裁断したのが本書である。
日本は仏教を受け入れたが、その仏教は日本化した。つまり日本的仏教は、中国に伝わる仏教でもなければ韓国の仏教徒もまったく異なる「日本教」である。
儒教はもちろん日本に持ち込まれたが、日本はこの面妖きわまりない宗教のうけいれを拒否した。
ただし儒学は受け入れ、日本は独自の学問的研究を続けた。
儒学の流れは日本的な朱子学となって、徳川の統治の正統性のために転用された。中国における朱子学とは喜んで皇帝の奴隷になります、という学問である。日本はその秩序を重んじるところだけを選択した。ただし江戸時代の儒者は「儒学は官学」だったので、表看板とはしたものの、内心では気に入らず「昼は儒者、夜は陽明学徒」だった。
佐藤一齋と言えば、門弟三千の大学者、今日で言えば東大総長。弟子には山田方谷、佐久間象山、渡辺崋山、横井小楠がおり、著作『言志四禄』は西郷隆盛の愛読書だった。その佐藤一齋の渾名は「陽朱陰王」。曖昧な二重性をのちの吉田松陰は批判した。
この陽明学とて、中国では殺人の哲学としてまったく評価されていないが、日本の武士たちは「知行合一」という箇所がいたく気に入って幕末維新のおりに革命の原動力となった。独自の解釈だからである。
儒術に関して石平さんが中国共産党をして、「儒教を独尊儒術で支配的イデオロギーに持ち上げたのです。民を統治するための手段が儒術です」と一刀両断。
李 「人を奴隷にするための教えですよね」(93p)」
つまり孔子の説いた『論語』は、1600年ほど経過して原形の道徳から離れ、支配のイデオロギーとして活用された。
石 「共産党政権そのものが、正当化された『悪の構造』です。あの構造の中で悪い奴ほど力を持つ。悪い奴だからこそ生きのびる」
李 「韓国が、いまそんな状況なんですよ」(116p)
ここで二人はならず者が天下を取るのだとして劉邦を取り上げる。劉邦は、日本ではたいそう美化されているが、ヤクザ集団を率いて天下を取った大盗賊である。
ふたりは日本に来たときに「?」「?」の連続を体験した。というもの「中国の現実の中で理想的なものが日本では普通のこと」だったからだ。
石平がこうも言う。
「中国では、花を愛でたり、美しいものを観賞するのは、漢詩の世界の中に理想化された雅な文人たちの世界でした。(中略)日本では一般のお爺さんもお婆さんも兄さんも姉さんも普通に花見をしている」
李 「中国では花の観賞と云えば、昔は知識人にかぎられていた」(67p)。
このような日本礼賛が続く。読後感はさっぱり過ぎるほどに爽やか。
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中国人をやめた二人が初タッグ
外に出たら本当のことを言ってはいけない
始皇帝と儒教が作った中国人の哲学
その一番悪いところを吸い取った韓国人
約束を守らない、人を尊重しない、自己中、謝らない、平気で嘘をつく…
日本人には理解できない大中華、小中華の伝統芸はどこから来たのか。
日本、中国、朝鮮を知り尽くす碩学による抱腹解説。
目次
第1章 だから中国は愛されない
第2章 中国に「やさしい」はない
第3章 諸悪の根源は中国的哲学
第4章 なぜ私たちは日本人になったのか
第5章 中国の欠点をまねる韓国人
第6章 無礼な隣国との付き合い方
あとがき 李 相哲
〈李相哲〉1959年中国生まれ。龍谷大学教授。専門は東アジア近代史・メディア史など。
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