ローマ法王が韓国人の「恨(ハン)」を否定
黄文雄の歴史から読み解くアジアの未来
2014年8月20日号(第29号)
☆【韓国】ローマ法王から韓国人への意味深長なメッセージ
◎法王が元慰安婦と対面 韓国、国際社会にアピール
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140818/kor14081820180008-n1.htm
http://japanese.joins.com/article/949/188949.html?servcode=400§code=410&cloc=jp|main|top_news
訪韓したローマ法王は、8月18日、ソウルの明洞聖堂で「平和と和解のためのミサ」を行いました。ここには、元従軍慰安婦も出席し、法王にプレゼントを手渡すなどして、アピールしました。
河野談話の検証で談話作成において日韓のすり合わせがあったこと、そして朝日新聞が吉田清治証言の虚偽性や挺身隊と慰安婦の混同を認めてから、韓国の日本非難の根拠が薄れてしまったため、ローマ法王を利用して日本に圧力を加えようとしたのでしょう。
ただし、ローマ法王から慰安婦問題に対する言葉はなく、北朝鮮問題やセウォル号事件のことなども念頭に、「罪を犯した兄弟を完全に許しなさい」という言葉を述べるにとどまったそうです。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2014081800159
そういえば、かつてローマ法王は、連合軍により戦争犯罪人として処刑されたA・B・C級戦犯へのミサを行ったことがあります。
名越二荒之助氏の『世界に開かれた昭和の戦争記念館 第3巻 大東亜戦争の秘話』(展転社)には、ローマ法王庁・バチカンに、昭和の殉難者1068柱の霊が祀られていることが記されています。
これは、品川寺の座主である仲田順和師が1975年、バチカンに訪れたときに、時のローマ法王・パウロ六世に、日本人殉難者のためのミサを訴えたことにはじまります。しかし、その後、ローマ法王は2代にわたって急逝したため、この願いは閉ざされたと思われていました。1980年4月、仲田順和師のもとにヨハネ・パウロ2世から親書が届きます。その内容は、「5年前の約束を果たしたい」というものでした。
この真心に応えるべく、以前から作製を依頼していた五重塔に殉難者1068柱の位牌を納め、同年5月にバチカンに奉納しました。さらにはパウロ2世のもと、昭和殉難者のための荘厳なミサがとり行われたのです。このように、バチカンでは「戦犯」の位牌が祀られています。神道、仏教、キリスト教と、宗派を超えてその魂に祈りが捧げられているわけです。
ですから、靖国神社にA級戦犯が祀られているからという理由で、政治家の参拝が問題視されるというのは、極めておかしなことなのです。政教分離を問題視するなら、首相の伊勢神宮参拝も批判の対象になりますし、祭りに参加することもできないはずですが、それが非難されたということは、ほとんどきいたことがありません。
いずれにせよ、韓国がバチカンの威光に頼るならば、日本もこの事実をきちんと突きつけるべきでしょう。そもそも、GHQが靖国神社を焼き払おうとしたとき、猛烈に反対したのがバチカンでした。GHQは、ブルーノ・ビッテル神父に意見を求めましたが、ビッテル神父は、
「いかなる国家も、その国家のために死んだ戦士に対して、敬意を払う権利と義務があると言える。それは、戦勝国か、敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない」。「靖国神社を焼却する事は、連合国軍の占領政策と相容れない犯罪行為である」と述べたそうです。これにより靖国神社は焼き払いをのがれたとされています。
中国や韓国は「靖国神社は殖民主義と侵略主義の象徴」としています。共産主義で宗教を信じない中国はまだわかりますが、キリスト教や仏教もさかんな韓国が、国家のための殉死者を祀る施設を否定するのは、自分たちの宗教的支柱であるはずのバチカンの意志にも反しているといえるでしょう。
韓国の名物として、たとえば安重根や金九などのテロリストが横行していたことはよく知られていますが、住民虐殺も有名であります。朴正熙時代に初の海外遠征ということで誇りにしていたベトナム出兵は、ベトコンと戦うよりももっぱらベトナム住民虐殺と婦女暴行に明け暮れ、その被害者は1万~3万人とも推定されています。
またさらに時代をさかのぼって、李氏朝鮮が宗主国を明から清へと乗り換えた際、韓兵が行った明人(漢人)虐殺は、『朝鮮開化史』(明治34年、博文館)によれば、4万~5万人が犠牲になったといいます。
もちろん異人への虐殺のみならず、1950年代の朝鮮戦争による同胞の殺し合いがあり、さらには国民虐殺事件として済州島の4・3事件では3万人が虐殺され、居昌(コチャン)事件(1951年)では8500人、国民防衛軍事件(1951年)では10万人、保導(ホド)連盟事件では30万人が虐殺され、光州事件(1980年)では虐殺2000人、負傷者3000人など、国民虐殺も韓国では名物でした。
今回のローマ法王の訪韓は、100余年前のいわゆる「教獄(きょうごく、キリスト教弾圧)」へのミサもありました。19世紀に入ってからの朝鮮で起きた、カソリック教徒への迫害と虐殺でよく知られているのは、「辛酉(しんゆう)教獄」(1801年)、「丙午(へいご)教獄」(1846年)、「丙寅(へいいん)教獄」(1866年)などです。
片岡次雄の『李朝滅亡』(新潮社)によれば、「丙寅教獄」後の約6年間、漢城(ソウル)だけで1000人以上、全国では数万人の信徒が虐殺、収監されたとあります(38ページ)。
今回、ローマ法王が日本に立ち寄らなかったことで、バチカンが日本より韓国を重視している証だと言う人もいますが、むしろ今回のローマ法王訪韓は、数万人の虐殺されたカソリック教徒へのミサが最大目的の一つとみなされています。
韓国の政治家は、「アジアのバランサー」とか「ユーラシア経済共同体」など、あいかわらず空疎な大言ばかり口にしますが、しかし北朝鮮との問題は、朝鮮戦争以後60年以上も経っています。朴槿恵大統領は「3年以内に統一する」などと、何の根拠もないホラを吹いていますが、同じ兄弟の国でさえ、どうにもならないのです。実際、「事大」しながら「統一」するという空想妄想では、何も進みません。
ローマ法王の「罪を犯した兄弟を完全に許しなさい」という言葉は、じつに意味深長です。「恨(ハン)」の国であることを否定し、魂のレベルで生まれ変わるべきだという意味にも取れます。
そういえば、セウォル号の事故の際、ローマ法王は「韓国民がこの事件をきっかけに倫理的・霊的に生まれ変わることを望む」とも発言しています。
http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=184677&servcode=400§code=430
朴槿恵政権はもちろん、韓国人はもっと自分の足元を見つめてから、口を開くべきなのでしょう。
2014年8月20日号(第29号)
☆【韓国】ローマ法王から韓国人への意味深長なメッセージ
◎法王が元慰安婦と対面 韓国、国際社会にアピール
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140818/kor14081820180008-n1.htm
http://japanese.joins.com/article/949/188949.html?servcode=400§code=410&cloc=jp|main|top_news
訪韓したローマ法王は、8月18日、ソウルの明洞聖堂で「平和と和解のためのミサ」を行いました。ここには、元従軍慰安婦も出席し、法王にプレゼントを手渡すなどして、アピールしました。
河野談話の検証で談話作成において日韓のすり合わせがあったこと、そして朝日新聞が吉田清治証言の虚偽性や挺身隊と慰安婦の混同を認めてから、韓国の日本非難の根拠が薄れてしまったため、ローマ法王を利用して日本に圧力を加えようとしたのでしょう。
ただし、ローマ法王から慰安婦問題に対する言葉はなく、北朝鮮問題やセウォル号事件のことなども念頭に、「罪を犯した兄弟を完全に許しなさい」という言葉を述べるにとどまったそうです。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2014081800159
そういえば、かつてローマ法王は、連合軍により戦争犯罪人として処刑されたA・B・C級戦犯へのミサを行ったことがあります。
名越二荒之助氏の『世界に開かれた昭和の戦争記念館 第3巻 大東亜戦争の秘話』(展転社)には、ローマ法王庁・バチカンに、昭和の殉難者1068柱の霊が祀られていることが記されています。
これは、品川寺の座主である仲田順和師が1975年、バチカンに訪れたときに、時のローマ法王・パウロ六世に、日本人殉難者のためのミサを訴えたことにはじまります。しかし、その後、ローマ法王は2代にわたって急逝したため、この願いは閉ざされたと思われていました。1980年4月、仲田順和師のもとにヨハネ・パウロ2世から親書が届きます。その内容は、「5年前の約束を果たしたい」というものでした。
この真心に応えるべく、以前から作製を依頼していた五重塔に殉難者1068柱の位牌を納め、同年5月にバチカンに奉納しました。さらにはパウロ2世のもと、昭和殉難者のための荘厳なミサがとり行われたのです。このように、バチカンでは「戦犯」の位牌が祀られています。神道、仏教、キリスト教と、宗派を超えてその魂に祈りが捧げられているわけです。
ですから、靖国神社にA級戦犯が祀られているからという理由で、政治家の参拝が問題視されるというのは、極めておかしなことなのです。政教分離を問題視するなら、首相の伊勢神宮参拝も批判の対象になりますし、祭りに参加することもできないはずですが、それが非難されたということは、ほとんどきいたことがありません。
いずれにせよ、韓国がバチカンの威光に頼るならば、日本もこの事実をきちんと突きつけるべきでしょう。そもそも、GHQが靖国神社を焼き払おうとしたとき、猛烈に反対したのがバチカンでした。GHQは、ブルーノ・ビッテル神父に意見を求めましたが、ビッテル神父は、
「いかなる国家も、その国家のために死んだ戦士に対して、敬意を払う権利と義務があると言える。それは、戦勝国か、敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない」。「靖国神社を焼却する事は、連合国軍の占領政策と相容れない犯罪行為である」と述べたそうです。これにより靖国神社は焼き払いをのがれたとされています。
中国や韓国は「靖国神社は殖民主義と侵略主義の象徴」としています。共産主義で宗教を信じない中国はまだわかりますが、キリスト教や仏教もさかんな韓国が、国家のための殉死者を祀る施設を否定するのは、自分たちの宗教的支柱であるはずのバチカンの意志にも反しているといえるでしょう。
韓国の名物として、たとえば安重根や金九などのテロリストが横行していたことはよく知られていますが、住民虐殺も有名であります。朴正熙時代に初の海外遠征ということで誇りにしていたベトナム出兵は、ベトコンと戦うよりももっぱらベトナム住民虐殺と婦女暴行に明け暮れ、その被害者は1万~3万人とも推定されています。
またさらに時代をさかのぼって、李氏朝鮮が宗主国を明から清へと乗り換えた際、韓兵が行った明人(漢人)虐殺は、『朝鮮開化史』(明治34年、博文館)によれば、4万~5万人が犠牲になったといいます。
もちろん異人への虐殺のみならず、1950年代の朝鮮戦争による同胞の殺し合いがあり、さらには国民虐殺事件として済州島の4・3事件では3万人が虐殺され、居昌(コチャン)事件(1951年)では8500人、国民防衛軍事件(1951年)では10万人、保導(ホド)連盟事件では30万人が虐殺され、光州事件(1980年)では虐殺2000人、負傷者3000人など、国民虐殺も韓国では名物でした。
今回のローマ法王の訪韓は、100余年前のいわゆる「教獄(きょうごく、キリスト教弾圧)」へのミサもありました。19世紀に入ってからの朝鮮で起きた、カソリック教徒への迫害と虐殺でよく知られているのは、「辛酉(しんゆう)教獄」(1801年)、「丙午(へいご)教獄」(1846年)、「丙寅(へいいん)教獄」(1866年)などです。
片岡次雄の『李朝滅亡』(新潮社)によれば、「丙寅教獄」後の約6年間、漢城(ソウル)だけで1000人以上、全国では数万人の信徒が虐殺、収監されたとあります(38ページ)。
今回、ローマ法王が日本に立ち寄らなかったことで、バチカンが日本より韓国を重視している証だと言う人もいますが、むしろ今回のローマ法王訪韓は、数万人の虐殺されたカソリック教徒へのミサが最大目的の一つとみなされています。
韓国の政治家は、「アジアのバランサー」とか「ユーラシア経済共同体」など、あいかわらず空疎な大言ばかり口にしますが、しかし北朝鮮との問題は、朝鮮戦争以後60年以上も経っています。朴槿恵大統領は「3年以内に統一する」などと、何の根拠もないホラを吹いていますが、同じ兄弟の国でさえ、どうにもならないのです。実際、「事大」しながら「統一」するという空想妄想では、何も進みません。
ローマ法王の「罪を犯した兄弟を完全に許しなさい」という言葉は、じつに意味深長です。「恨(ハン)」の国であることを否定し、魂のレベルで生まれ変わるべきだという意味にも取れます。
そういえば、セウォル号の事故の際、ローマ法王は「韓国民がこの事件をきっかけに倫理的・霊的に生まれ変わることを望む」とも発言しています。
http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=184677&servcode=400§code=430
朴槿恵政権はもちろん、韓国人はもっと自分の足元を見つめてから、口を開くべきなのでしょう。
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