中村彰彦『倒幕開戦への道~物語 幕末明治の政変と内乱(上)』(中央公論新社)
近代史学究、歴史家、歴史小説ファンは必携、浩瀚な三巻本がスタート 陰謀家岩倉具視の暗躍ぶりが幕末史の裏側。竜馬暗殺の黒幕は誰か?
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書き下ろし、歴史作家中村彰彦の畢生の大作は上中下三巻となる。初巻だけでも950枚の浩瀚、執筆に一年以上はかかったと推察するけれど、読む方も一週間を要した。近代史とくに幕末史に興味の向きは必読である。
資料が豊富、それも怪しげなデータは省き、信憑性の高い資料を選択しつつ独特な解釈を加えていく。
初巻は大村益次郎の登場から箱根戦争の終結までを描き、中巻がおそらく会津落城、東北列藩同盟、箱館戦争へと繋がるのだろう。
この巻での特色はありきたりな通史・通説を超えて、竜馬暗殺の真因、孝明天皇毒殺の解明と真犯人の特定がある(おそらく日本の史家で初めて)。
通説は「日本最初の商社は坂本龍馬の亀山社中」ということになっている。
ところが、長州藩は港湾の整備に力を注ぎ、交易で栄え、前田百万石とならぶほどの経済力を身につけていた。
「長州藩は、きわめて早く資本主義にめざめ、資本を着々と蓄積することによって国力を強大化させた藩の代表格だった」という。
最後の将軍となった徳川慶喜は水戸学の影響が強すぎて錦旗をみて狼狽し江戸に逃げ帰った。
しかしながら慶喜の本質は「ねじあげの酒呑み」にあると中村は喝破する。
ねじあげの酒呑みとは「もう呑めない、もう呑めないと断りつつも、強いればいくらでも杯を受けるーー慶喜の言動はいつもそれだ」(96P)
西郷、大久保、高杉、木戸の活躍も筋道立てて活写されるが、何と言っても岩倉具視の陰謀家として暗躍である。かれが偽勅乱発、錦旗の偽造、公家などへの恐喝まがいと舞台裏において陰険な政治工作の張本人。岩倉の強引な謀略がなければ江戸幕府の倒壊などおこり得なかったとも言える。
蟄居謹慎の身でありながら岩倉の陰謀は冴える。京都政界への復帰が実現しなければ政治工作は実行力を伴わない。
「孝明天皇が健在である限り岩倉の京都政界への復帰はありえない(中略)。天皇が崩御すれば朝譴も雲散霧消するから、もしそうなれば自分も京都政界へ復帰することが可能となり、次の天皇を奉じて王政復古の夢を実現することが出来る」(249P).
毒殺の真犯人については本書の売りだから、触れないが、ともかく岩倉が黒幕である。彼は蘇我馬子以来なかった天皇暗殺をやってのけた極悪人になるのだが、維新後の「薩長史観」(勝てば官軍史観)では、この事実は孝明天皇病没説で糊塗された。
戊辰戦争が始めると慶喜は「最後まで闘う」と鼓舞しながら、船で密かに江戸へ出航した。
徳川「最後の将軍」に武士の心意気はなかった。幕府軍も戦力比較では薩長より優位だったのに、士気を失った。
「慶喜は尊皇の思いがことのほか強い水戸徳川家の出身だけに、朝廷から賊軍の将とみなされることに深い衝撃をうけると同時に、敗報が相継いだことによって戦意を喪失しつつあった。しかしその内心とは裏腹に、断固いくさを継続するかのような台詞を口走ったのである。それはなぜかと云えば、こたえははっきりしている。慶喜は戦死者多数を出しながらなお闘おうとしている松平容保、定敬兄弟に「もう駄目だ、江戸へ帰る」とホンネを伝えると、刺し殺されるのではないかと恐れていた」(362p)
「慶喜は大阪城から敵前逃亡し、幕府閣僚諸大名との相談もなく恭順謹慎の道を選択したことに拠り、急速に存在感を失って歴史の表舞台から退場していった」(372p)。
かわって表舞台を占拠したのが陰謀家岩倉と彼を基軸に新政府を樹立する木戸、西郷、大久保らであった。
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