日本安全保障戦略研究所篇『北極圏争奪戦』(並木書房) トランプの「グリーンランド領有」発言でにわかに注目された北極航路 しかし中国はとうの昔から手を打っていた
中国が最新鋭砕氷船「雪龍」をウクライナに発注したのは1991年、1メートル50センチの氷塊を割って進む。最初は南極の中国基地に投入された。
雪龍二号は全長120メートル、設計はフィンランドと共同だが、中国国産である。
そして最新鋭砕氷船は「極地」。全長90メートル、乗員60名で80日間の連続航海に成功した。これらがロシアの了解の下、北極航路に投入され、はやくも2025年夏から中国貨物船が行き交っている。
したがってトランプの「グリーンランド領有」発言でにわかに注目されたように誤解しがちだが、中国の北極航路開発は1990年代から手を打っていたのだ。
この「北極海航路」の出現は世界の物流を一変させる。中国と欧州の貿易航路の運搬日数を60%短縮するからだ。
中国系の謎の資本が北海道ニセコやら、札幌のマンション、自衛隊基地近くの土地を購入していることは知られるが、じつは釧路、根室などの湿原や土地を買い占めていることはあまり知られていない。北極航路の通り道ではないか。
本書の26ページに日本列島と亜細亜大陸を逆さにした地図が掲載されているが、中国の上海、寧波を出航した船は(1)鹿児島沖、大隅海峡から津軽海峡を経てベーリング海へ。(2)対馬海峡から日本海を縦断し、津軽海峡を抜けるか、或いは宗谷海峡を抜けてベーリング海へといたる。
まさしく大隅海峡、対馬、津軽、宗谷海峡の四つのチョークポイントは日本の安全保障と直結している。
中国がこのところ、こうした海域で空母打撃群を投入しての軍事演習は、この航路戦略と密接に繋がっていることに気がつくだろう。
本書は北極海航路に中国が必死なのはマラッカディレンマにあると指摘する。中国はマラッカ海峡が「航行を深刻な安全保障上の課題」と強調してきた。「米中関係が悪化し、米国が軍事力で海峡を封鎖、もしくは中国向けタンカーなどの通航が制約されるといった事態を懸念してからだ」(28p)
これがマラッカディレンマである。
トランプのグリーンランド領有宣言は戦略的な意義がふかい。西側メディアの分析は見当違いも甚だしいのである。
「中国は自らを『北極圏近傍国家』と称し、2010年以降、グリーンランドで資源採掘事業やインフラ開発、科学文化協力、観光事業を展開してきた。国有企業の中国交通建設集団は2018年に島内にある3空港の建設」を落札した。
この由々しき事態の到来にトランプ政権はデンマーク政府とはかり、中国企業の参入をかろうじて阻止した。
グリーンランドはレアメタル埋蔵でも知られ、間接的な鉱山企業株主などで米中が開発に鎬を削っている。
しかし米国は造船能力において劣勢である。赤字肥大化により防衛費に人も予算も充分回せないという状態となって日本同様の悩みを抱えている。
「ヨーロッパは、北極海航路沿いの主要な貨物輸送先であり、世界の海運大手の大半が拠点を置いているにもかかわらず、脆弱な極地生態系や航行上のリスクを懸念し、ロシアと中国の極地における協力関係の強化に対する不安が高まる中で、北極海航路の商業化に反対している」(サウスチャイナ・モーニングポスト、2026年9月4日)。
『激変する日本の防衛戦』と本書の副題にあるように、この北極海航路は日本列島が中国に囲まれる衝撃であって、日本は新しい地政学を必要とする。
防衛の専門家、勝股秀道、小野田治、佐々木隆博、高い新作晋、小和小川清史の五氏による共同執筆で、巻末に有力な提言がなされている。
さてこうなると日本に必要なのは北方も重視する「二正面重視型戦略』へのシフトであると本書の研究グループは提言している。
これにより「対露抑止体制をとりつつ中露分断のための日露交渉を推進し、それによって米国の北極海正面の脅威に寄与するのが目的である』とする(200ページ)
安全保障のアングルから北極圏航路を解説する労作である。
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