英国、欧州連合離脱とアンチグローバリスムの流れ(経済評論家 渡邉哲也)

7月29日発売
欧州壊滅 世界急変: 「英EU離脱」で始まる金融大破局の連鎖
6月23日英国で欧州連合離脱の是非を問う国民投票が開かれた。その結果、欧州離脱派が勝利し、英国が欧州連合を離脱することが確定した。そして、市場は大混乱に陥った。これは欧州連合と戦後の枠組みとここ数十年のグローバリズムの崩壊を意味するものでもある。「すべての物事には原因があり過程があって結果が生じる。」今、世界で何が起きているのか見てゆきたい。
戦後の大きな流れ
ブレトンウッズ体制
現在の世界の支配体制と構図は1944年に締結されたブレトン・ウッズ協定で成立している。これは世界大戦末期、世界の金の8割近くが米国に集中し、他国に金が無くなってしまったことで生まれた体制である。当時、世界の紙幣は金本位制の下で成立しており、金がなくなってしまった国は紙幣の発行ができなくなってしまったからである。そこで、米国の保有するドルを基軸に 金と両替できるドル ドルと両替できる他国通貨という構図の擬似的金本位制が生み出されたわけである。 そして、これを切っ掛けに、沈まぬ太陽と言われた英国の世界覇者の地位は米国へと移っていったのである。
1945年の第二次世界大戦の終結にともない、冷戦時代を迎えた世界は、資本主義を信奉する西側諸国と共産主義を信奉する東側諸国という二大ブロックに分断され、その結果、世界には西側諸国と東側諸国という独立した経済体が二つ生まれることになった。その後約40年間にわたり続くことになる冷戦構造といわれるものである。そして、1971年米国は金とドルの交換が一方的に廃止すると発表(ニクソン・ショック)した。これにより通貨に金が裏付けられている金本位制は終焉を迎えることになった。しかし、巨大な軍事力を背景にした米国のドルの力は絶大であり、ドルを中心とした世界の金融のシステムは今も健在である。
冷戦終結と欧州連合
1989年のベルリンの壁崩壊とともに共産主義体制が崩壊することになった。東側諸国の盟主だったソビエト連邦の崩壊にともない、旧東側諸国が共産圏から解き放たれ、欧州西側諸国と東側諸国という対立構造は解消されたのである。また、もう一つの東側の雄であった中国は、1978年の中国共産党の党大会で、完全な閉鎖主義を放棄し、一部で自由主義を取り入れるという改革開放路線に舵を切った。その後、1992年の党大会で、鄧小平氏は「有中国特色的社会主義(中国の特色を持つ社会主義)」という方針を打ち出し、中国はここにおいて計画経済を放棄し、市場経済の導入に動き始めたのだ。
そして、この冷戦終結により、大きな2つの潮流が発生した。その一つが新自由主義であり、グローバリズムの流れであり、もう一つが欧州連合を中心とした米国に対する対立軸の構築であったと言っても良いのだろう。欧州が世界の覇者の地位を取り戻すには、米国と同規模かそれ以上の市場と支配体制を創りあげなくては不可能である。そして、これは欧州の叶わぬ夢でもある新たなローマ帝国(欧州統一国家の再構築)という理想にも合致したものである。これまでの歴史の中で、欧州は統合と分裂を繰り返し、そして、域内での覇者を巡る争いを繰り返してきた。第二次世界大戦でナチス・ドイツが掲げていた大きな目標である第三帝国も欧州統一国家を目指したものである。そして、それは形を変えて戦後も引き継がれたわけだ。東西に分裂し、ロシアに対抗するための軍事力を米国が主導するNATOに頼る体制ではこれは不可能なものであり、理想は共有していたが叶わぬ夢でしかなかったのである。しかし、これは冷戦の集結とともに一気に進むことになった。それが現在の欧州連合でありユーロ体制であるといえる。
欧州連合
欧州連合は1952年7月23日に作られた石炭と鉄鋼を中心とした共同管理制度欧州石炭鉄鋼共同体(英: ECSC)をベースにしている。国境が線でしかない大陸においては、隣接する国々が協力し、共同での事業やサプライチェーンを作るのは非常に効率的なのである。そして、これは経済全体の分野と原子力分野に拡大し、1958年欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体が作られることになった。そして、1965年にブリュッセル条約が調印され、3つの枠組みが統合され1967年に欧州諸共同体(EC)という1つの枠組みの中に3つの共同体をおくことで統合の深化が図られた。
ただし、冷戦構造下において統合の動きは西側だけのものに限定され、協力体制強化程度のものでおわっていた。しかし、東側体制の弱体化と冷戦の終結により国家の完全統合を目指すものに変わり、一気に加速してゆくことになったのである。
1984年 欧州連合設立条約草案が欧州議会が可決され、1986年に単一欧州議定書が調印された。そして、1985年には、現在の欧州連合の核となる協定であるヒト・モノ・カネの移動を自由にするシェンゲン協定が調印され、加盟国間の国境という障壁を除去していくことが盛り込まれた。そして、1989年のベルリンの壁の崩壊により、旧東側諸国も取り込む形での統合が進み、1992年2月7日に欧州連合条約が調印され、翌年11月1日に欧州連合が発足した。
そして、その後も様々な条約が結ばれ、国家間の壁はどんどん薄くなっていったのである。
また、通貨においては、ニクソン・ショック後の1972年、通貨の安定を目的とする欧州為替相場同盟が生まれ、1979年には欧州通貨制度を創設した。これは欧州のIMFのようなものであり、外貨不足による通貨危機を防ぐため、非常時に各国が通貨を融通し合う制度である。
そして、冷戦終結によりこれも一気に進むことになった。シェンゲン協定により資本の移動が自由化されたことで、通貨統合の機運が一気に高まり、1994年には欧州中央銀行の前身である欧州通貨機構が設立され、統一通貨ユーロ発行に向けての準備が進んでゆくことになった。そして、2002年ついに統一通貨ユーロが発行されることになった。当初はこれに英国も参加する予定であったのであるが、英国内ではユーロ導入に懐疑的な声が強く、結果的に導入されないまま現在に至っているのである。
サブプライム問題とリーマン・ショック
2007年8月 BNPパリバによるサブプライム関連ファンドの解約停止により、米国でサブプライム問題が勃発した。これにより世界の金融市場は大きなダメージを受け、震源地となった米国と関係が深い英国は非常に強いダメージを受けることになった。9月中旬、英国住宅ローン第5位のノーザン・ロック銀行で取り付け騒ぎが発生、これが様々な銀行の信用不安に発展してゆく、そして、英国の不動産バブルは一気に崩壊した。
そして、この際、英国や米国からの逃避資金の受け皿になったのが、欧州(ユーロ圏)と新興国の代表格であった中国であった。当時、証券や債券市場では「デカップリング」という言葉がしきりに使われ、米国、米国の金融危機は欧州や新興国市場に波及しないと考えられていたのである。そして、流入した資金は欧州と新興国に新たなバブルを生み出していったのである。
しかし、これは単なる幻想に過ぎなかった。グローバル化により連携性を高めた市場では、被害が他の市場に容易に波及してしまうのである。これが顕著化したのがリーマン・ショックであり、リーマン・ショックにより健全と見られていた欧州や新興国市場も一気に崩壊してしまったのである。そして、欧州においても、PIIGS(ポルトガル (Portugal)、イタリア (Italy)、アイルランド (Ireland) ギリシャ (Greece)、および スペイン (Spain)の債務危機が発生、統一通貨ユーロの構造的欠陥が顕になってしまったのである。
本来、自国通貨建ての国債はデフォルト(債務不履行)しない。なぜならば、国家は通貨発行権を保有しており、自国通貨を自由に刷ることができるからである。極端に言えば、刷って返せばよいのである。しかし、ユーロ圏の場合、これが出来ない構造になっているのである。ユーロの加盟する際、通貨発行権を欧州中央銀行に渡してしまっており、各国が自由にユーロを刷ることが出来ない構造なのだ。また、金利政策などの金融政策も一本化されており、自国の経済状況に合わせた金融政策も取れないのである。
そして、これが欧州 特に債務危機やバブル崩壊や景気悪化に陥っていた南欧諸国を苦しめ続けている。通常、景気悪化時や金融危機時には、利下げや量的緩和により景気浮上を図る政策がとられるわけであるが、ドイツなどユーロ安の恩恵を受け景気の良い国の割を食う形で機動的利下げが行えなかったのである。また、国債価格にも大きな乖離が生じており、低利での資金調達が出来るドイツなどと、資金調達が難しい国の二極化も大きな問題である。
これを解消するには完全な国家と財政の統合が必要であるが、これに関しては、豊かな国の側の批判も強く、実現の見通しは立っていない。つまり、豊かな国側からすれば、何故、自分たちの税金が貧しい国に使われるのかということになるわけだ。この問題の代表格がギリシャ問題であり、2009年のギリシャ危機発生から7年経つ今も問題は解決していないし、解決する見込みも立っていないのである。
欧州銀行問題
リーマン・ショックとPIIGS問題を中心とした欧州債務危機 これは欧州の銀行に大きな損失を与えた。しかし、これは英米の金融危機のように大きな経済問題としてあまり表面化していない。その最大の理由は、2008年10月に欧州が会計基準を変更し、時価評価を放棄したことに起因する。欧州の金融監督機関は、銀行が保有する債権を満期目的と投資などその他の目的に分類させ、満期目的で保有する債権は取得原価ベースで評価できるようにしたのである。その結果、銀行がその債権を保有し続ける限り、損失を計上しなくても良くなったわけである。
その上で、欧州の監督機関はストレステストなどを通じて、銀行に自発的な資本増強を求め、銀行はCoCo債など新しいタイプの債権を発行することで、これを補ってきたのである。 CoCo債とは、銀行が健全な限り、普通の債権として扱われ、高い利回りが期待できる債権であるが、銀行が債務危機に陥った場合などには、債権から株式に自動的に転換される又は減額される債権である。つまり、何もなければ高い利回りの良い債権であるが、万が一の場合、投資家側に大きな損失が出る債権なのである。欧州の銀行はこれを積極的に売りし(約1020億ドル)、相互に持ち合うことで自己資本をごまかしてきたわけである。しかし、今年に入り、ドイツ銀行の信用危機によりCoCo債のデフォルトが現実化を始め、欧州の銀行問題が再びクローズアップされていたのである。
このような中で、英国は欧州からの独立を問う国民投票前に欧州連合に対して「特別な地位」を要求、2016年2月20日、欧州は英国の要求を呑む形で特別な地位をあたえることになった。その条件とは
(1)EUに対してさらに主権を委譲するなど政治的な統合の深化に、英国はこれ以上加わらない。
(2)移民の対する福祉サービスの受給を最大4年間止めることができる。移民の児童手当などを減額することができる。
(3)ユーロ圏と英国など非ユーロ圏が相互に干渉しないことを明確化。ユーロ圏内で危機が起こっても、非ユーロ圏加盟国は救済措置には参加しない というものであり、欧州大陸国側の完全敗北であったと言っても良いものなのである。
しかし、このような条件を与えられても尚、英国人は欧州からの独立を望み、欧州連合からの離脱という選択肢を選んだわけである。
英国の欧州からの独立
欧州連合は欧州連合条約50条により、加盟国に対してその離脱の権利を認めている。そして、加盟国が通知した後、2年で条約の効力を失うと規定している。しかし、この実際の離脱プロセスや条件に関する具体的なルールはなく、すべてがこれからの話し合い次第なのである。また、今回の英国の国民投票は法律による強制力を持つものではなく、離脱の通知や申請についても今後の問題になると思われる。また、英国内では国民投票の再実施を求める声も強く、スコットランドでは独立を問う国民投票を再実施する方向で動き始めているのだ。(6月26日現在)
このような状況の中で、ドイツ、フランス、イタリアなどEU前身組織の原加盟6カ国の外相は緊急会談を開き、英国に対して早期の離脱を求める声明を発表し、他の27カ国との連携を強めることを発表したわけである。欧州連合側から見れば、出てゆくであろう英国にこれ以上、混乱をもたらされるのを嫌い、離脱の流れが他国に広がるのを防ぎたいのであると思われる。問題が長期化したり、離脱しないということになれば、それはそれで大きな混乱がもたらされるからである。
袋小路に入りこんだ英国
今回の事態を受けて、英国の欧州離脱の国民投票の実施を主導し、それに反対したキャメロン首相は、10月の辞任を発表した。しかし、辞任したところで当事者がいなくなるだけであり、なにかが変わるわけでもない。また、欧州連合側から見れば、辞任を発表しているキャメロン首相と何かを決めても、それがきちんと引き継がれる保証はなく、交渉相手がいなくなったにすぎないわけである。
国内で高まる国民投票の再実施に関しても、国民投票で別の結果が出れたところで離脱派がそれを容易に認めるとは思えず、再々選挙を求める声が出てくるだけであろう。法の根源にある法理には「一事不再理原則」が存在し、健全な民主主義の基本に選挙がある。一度でも選挙の結果を覆すことが許されれば、選挙が意味を持たなくなってしまうのである。また、スコットランドの独立投票に関しても、たとえ独立が認められたとしても、スコットランドが独立した経済を維持できるかと欧州連合に加盟できるかは別問題であり、通貨の問題も生じるものと思われる。現在、スコットランドではスコットランドポンドという通貨が利用されているわけであるが、これは英国ポンドと両替できる事で成立している通貨であり、完全な独立通貨ではないのである。
このような状況の中で、混乱は中長期に渡り継続するものと思われるが、この混乱を解消するには、早期の独立以外ないのではないかと考える。独立を前提とし、その上で現在存在する条約の通商や経済に与える影響の大きい部分を現状維持のまま再締結し、リスクヘッジしてゆくのが英国にとっても欧州にとっても最適解であると考えるのだ。しかし、政治的混乱と弱体化の中で、英国の交渉余地は限りなく低くなっており、欧州はこれを機に欧州側にとって有利な条件を提示するものと思われるのである。最悪の場合、英国は他国の離脱を防ぐためのスケープゴートに利用される可能性もある。
欧州分裂
欧州連合からの独立やユーロからの離脱を考えている国や地域は英国だけではない。今回の英国の離脱を受けて、スペイン・フランスのバスク地方やスペインのカタルニア地方などの独立運動が活発化する恐れがあり、それに伴いユーロからの独立の動きも強まるおそれがある。すでに、イタリアの五つ星運動はユーロからの独立を問う国民投票を選挙の争点に掲げており、これは他国にも広がる可能性がある。また、移民問題をめぐり、その問題悪化の原因になったドイツメルケルへの批判も強まっており、様々な理由をつけて国境を復活させる動きが本格化をしている。欧州連合の根幹となるヒト・モノ・カネの移動の自由を認めたシェンゲン協定はすでに崩壊しつつあるのだ。
欧州連合は民主主義国の連合体であり、各国の政治は選挙により民意が反映されることになる。たとえ政治家がそれを間違っていると考えても、国民がそれを選択すれば政治はそれに従わざるえないのである。特に統合に寄るメリットよりもデメリットが表面化している現在、国民はそれを批判に回る可能性が高く、それが国家間の対立を深めることになる。統合に向けて強力な政策を取ろうとすればするほど、この反発は強くなることが予想されるのである。
アンチグローバリスムの流れと世界
このような流れは欧州だけにとどまらず、米国の大統領選挙でも表面化している。社会主義者であるバーニー・サンダースが大量の票を集め、アメリカ第一主義を唱えるトランプが共和党の代表に選ばれた。彼らの主張の多くは、アンチグローバリスムの色合いが強いものであり、トランプの移民問題や経済政策を見てもわかるように、これまでのグローバリズムを否定しヒト・モノ・カネに壁を作るものであるといえる。グローバリズムとはワン・ワールド化であり、世界の壁を廃することで一つの世界にまとめ上げるものである。しかし、壁をなくせば、自ずから平準化が発生する。平準化をわかりやすく説明するならば、水槽の敷居をなくせば、高い側の水位は低下し、低い側の水位が上がる。これが人の値段で起きているのがグローバル化であったともいえるのである。
これにより、中国など新興国は豊かになったが、世界の多くの先進国の労働者の賃金が低下し、職が失われていったわけである。そして、投資家など一部の人だけがその恩恵を受けていたのが現実であり、これが国民の理解とコンセンサスになりつつあるわけなのだ。また、4月に発覚した「パナマ文書」によって、この実態も明らかになり、税金を払わず利益だけを享受しているグローバル企業への批判も強まっている。そして、このような存在との対処は政治にとっての大きな課題になっているのである。このような中で、今回の英国の欧州離脱が決定され、それが世界の混乱要因になっているわけである。
そして、この問題の一番深刻な点は、解決策が見当たらないことにある。民意も大切であるが、民意が全て正しいとは限らない訳だ。そして、各国がエゴイズムをぶつけ合えばそれが大きな紛争要因になるのも事実なのである。
It has been said that democracy is the worst form of government except all the others that have been tried. 民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。英国の偉大なる政治家 Winston Churchill (ウィンストン・チャーチル)
**************************************************************************

渡邉哲也氏プロフィール
1969年生まれ。日本大学法学部経営法学科卒業。貿易会社に勤務した後、独立。複数の企業運営などに携わる。大手掲示板での欧州経済、韓国経済などの評論が話題となり、2009年『本当にヤバイ! 欧州経済』(彩図社)を出版、欧州危機を警告しベストセラーになる。ネットを通じて発信している内外の経済・政治情勢のリサーチや分析に定評があり、さまざまな政策立案の支援から、雑誌の企画・監修まで幅広く活動を行っている。
著書に『完全にヤバイ! 韓国経済』(三橋貴明共著)、欧州危機を予言した『本当はヤバイ! 欧州経済』、『アップルvs サムスンから読み解く日本企業の戦略 日本経済の復活術』『これからすごいことになる日本経済』『儲(もうけ) 国益にかなえば経済はもっとすごくなる』『見抜く経済学』『売国経済 アジアの勝者は日本だけでいい』『突き破る日本経済』『ヤバイ中国』『ヤバイほどおもしろ楽しい台湾見聞録』『中国壊滅』(徳間書店)『余命半年の中国経済』(ビジネス社)、『戦争へ突入する世界 大激変する日本経済』(徳間書店)、『パナマ文書 タックスヘイブン狩りの衝撃が世界と日本を襲う』など多数。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。