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「大東亜戦争とスターリンの謀略-戦争と共産主義」(三田村武夫著)

東アジア歴史文化研究会
「大東亜戦争とスターリンの謀略-戦争と共産主義」(三田村武夫著)

51iiv5thuyl_ss500_以前、この「大東亜戦争とスターリンの謀略-戦争と共産主義」(三田村武夫著)のことを2年前のブログで紹介したことがあったが、実は自身もこの著書を読んでいない。たいへん希少価値のあるものらしい。昭和二十五年に民主制度普及会から刊行されたものの、余りにも衝撃的な内容であった為、GHQによって発禁処分にされた「戦争と共産主義-昭和政治史秘録」の復刻版ということである。

三田村武夫氏は、昭和3年(1928)6月から内務省警保局、拓務省管理局に勤務、左翼運動の取締に従事しながら国際共産主義運動の調査研究に没頭した後、衆議院議員となり中野正剛の東方会に所属し、東条内閣倒閣運動に参加して官憲に逮捕された人物である。

三田村氏は尾崎秀実と同じ岐阜県出身で、巣鴨拘置所では、スパイ任務を完遂し死刑判決を受けた尾崎がゾルゲとニコニコと挨拶をかわしている場面を目撃しており、まるで歴史の神様から「尾崎秀実の真実」を後世に伝える使命を与えられたように、おそらく世界で最初に第二次世界大戦の裏面の真実を見抜いた達人である。

敗戦後の日本の共産主義者どもは「われわれは断乎戦争に反対した」「軍閥戦争に反対したのは共産党だけだ」と言うが、『大東亜戦争とスターリンの謀略-戦争と共産主義』は、共産主義者の主張が真赤な虚偽であり、彼らこそ世界資本主義体制に代わる共産主義的世界新秩序を構成する東亜新秩序-東亜共産主義社会を実現するために、戦争の拡大を煽動していた張本人であることを豊富な第一次資料を挙げて証明している。


これこそ東京裁判史観を覆す名著であることは、馬場恒吾(読売新聞社長)、南原繁(東大総長)、島田孝一(早稲田大総長)、小泉信三(元慶応義塾大学塾長)、田中耕太郎(最高裁判所長官)、飯塚敏夫(元大審院判事)、そして岸信介(元首相)すらこれを読んで驚愕絶句絶賛したことから、明白である。


岸いわく、

「知友のラジオ日本社長、遠山景久君が、某日、『岸先生、大変な本を見付けました。是非第一読下さい』と持参されたのが、この三田村武夫氏の著書であった。読む程に、私は、思わず、ウーンと唸ること屡々であった。

支那事変を長期化させ、日支和平の芽をつぶし、日本をして対ソ戦略から、対米英仏蘭の南進戦略に転換させて、遂に大東亜戦争を引き起こさせた張本人は、ソ連のスターリンが指導するコミンテルンであり、日本国内で巧妙にこれを誘導したのが、共産主義者、尾崎秀実であった、ということが、実に赤裸々に描写されているではないか。

近衛文麿、東条英機の両首相をはじめ、この私まで含めて、支那事変から大東亜戦争を指導した我々は、言うなれば、スターリンと尾崎に踊らされた操り人形だったということになる。

私は東京裁判でA級戦犯として戦争責任を追及されたが、今、思うに、東京裁判の被告席に座るべき真の戦争犯罪人は、スターリンでなければならない。然るに、このスターリンの部下が、東京裁判の検事となり、判事をつとめたのだから、まことに茶番というほかはない。

この本を読めば、共産主義が如何に右翼、軍部を自家薬籠中のものにしたかがよく判る。何故それが出来たのか、誰しも疑問に思うところであろう。然し、考えてみれば、本来この両者(右翼と左翼)、共に全体主義であり、一党独裁・計画経済を基本としている点では同類である。当時、戦争遂行のために軍部がとった政治は、まさに一党独裁(翼賛政治)、計画経済(国家総動員法→生産統制と配給制)であり、驚くべき程、今日のソ連体制と類似している。ここに、先述の疑問を解く鍵があるように思われる。

国際共産主義の目的は、この著書でも指摘しているように、大東亜戦争の終結以降は筋書どおりにはいかず、日本の共産化は実らなかったものの、国際共産主義の世界赤化戦略だけは、戦前から今日まで一貫して、間断なく続いていることを知らなければならない。往年のラストボロフ事件、又、最近のレフチェンコ事件などは、ほんの氷山の一角にすぎないのであろう。これを食い止めるには、自由主義体制を執るすべての国家が連帯して、自由と民主主義をがっちりと守り、敵の一党独裁・計画経済に対するに、複数政党・市場経済の社会を死守することである。

私は、私自身の反省を込めて、以上のことを強調したい。また、このショッキングな本が、もっともっと多くの人々に読まれることを心から望む次第である。」

洛風書房で再販されているらしい。是非とも読んでみたい一押しの本である。

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『大東亜戦争とスターリンの謀略-戦争と共産主義』
目次
解説篇
まえがき
序説 コムミニストの立場から
1、コミンテルンの立場から
第二次大戦とコミンテルン
好ましい戦争陣形
新しい戦略戦術

2、日本の革命をいかにして実践するか
戦術転換
謀略コース・敗戦革命
論理の魔術

第一篇 第二次世界大戦より世界共産主義革命への構想とその謀略コースについて

一、裏がえした軍閥戦争
歴史は夜つくられる
ロボットにされた近衛
道化役者-政治軍人

二、コミンテルンの究極目的と敗戦革命
共産主義者は戦争に反対したか
帝国主義戦争を敗戦革命へ
レーニンの敗戦革命論
コミンテルン第六回大会の決議
戦略戦術とその政治謀略教程
日本における謀略活動
尾崎・ゾルゲ事件
企画院事件
昭和研究会の正体
軍部内の敗戦謀略
中国の抗日人民戦線と日華事変
アメリカにおける秘密活動

三、第二次世界大戦地より世界共産主義革命への構想-尾崎秀実の手記より
偉大なるコムミニスト
大正十四年から共産主義者
共産主義の実践行動へ
彼は何を考えていたか
 コミンテルンの支持及びソ連邦の防衛
   日本及びアジアの共産主義革命
   第二次世界大戦より世界共産主義革命へ
   思想と目的を秘めた謀略活動

第二篇 軍閥政治を出現せしめた歴史的条件とその思想系列について

一、三・一五事件から満州事変へ
   左翼旋風時代の出現
   三・一五の戦慄
   一世を風靡したマルクス主義
   学内に喰い込んだマルクス主義
   動き出した右翼愛国運動
   発火点ロンドン条約問題
   志士「青年将校」の出現
   バイブル「日本改造法案」
   満州事変へ
   軍閥政治へのスタート、満蒙積極政策
   皇軍自滅へのスタート、三月事件
   満州事変へ

二、満州事変から日華事変へ
   軍閥独裁への動力
   政治軍人の革命思想
   日華事変への足取り

   1血盟団事件2満州建国宣言3五・一五事件4日満議定書5国際連盟脱退
   6神兵隊事件7満州国帝制実施8埼玉挺身隊事件9斎藤内閣総辞職
   10対満政治機構改革問題11陸軍国防パンフレット発行12士官学校事件
   13美濃部機関説問題14永田鉄山事件15倫敦軍縮会議脱退16二・二六事件
   17廣田内閣成立18陸海軍現役制復活19陸海軍庶政一新の提案
   20軍部政党の正面衝突21宇垣内閣流産22日華事変へ
  軍閥政治への制度的基礎
   対満政治機構改革問題
   陸海軍現役制確立
   軍閥政治の思想系列
   ナチズムとスターリニズム
   現状打破、反資本主義革命

第三篇 日華事変を太平洋戦争に追込み、日本を敗戦自滅へ導いた共産主義者の秘密謀略活動について

一、敗戦革命への謀略配置
   コミンテルンに直結した秘密指導部
   二七年テーゼから尾崎機関へ
   革命家としての尾崎秀実
   素晴らしい戦略配置
   陸軍政治幕僚との握手
   政府最上層部へ
   官庁フラクション
   昭和研究会
   言論界
   協力者、同伴者、ロボット
   所謂転向者の役割
   何故成功したか

二、日華事変より太平洋戦争へ
   日華事変に対する基本認識
   日華事変に対する認識
   軍隊に対する認識
   長期全面戦争へ
   秘密の長期戦計画
   蒋政権の否認と長期戦への突入
   日華全面和平を打ち壊した者
   長期全面戦争への政治攻勢
   新政権工作の謀略的意義
   謀略政権の足跡
   汪政権の正体
   長期戦への理論とその輿論指導
   近衛新体制から太平洋戦争へ
   何の為の新体制か
   対米英戦争への理論構成とその輿論指導
   独ソ開戦とシベリヤ傾斜論
   かくして太平洋戦争へ

三、太平洋戦争より敗戦革命へ
   革命へのプログラム
   敗戦コースへの邁進
   言論結社禁止法の制定
   翼賛選挙-東條ワンマン政党出現
   戦時刑法改正―東條幕府法
  敗戦経済と企画院事件
  かくして敗戦へ

  (資料篇は省略)