東アジア歴史文化研究会のブログ

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう

日本と心を分かち合う国があるだろうか?(加瀬英明のコラム)

東アジア歴史文化研究会

10月19日は土曜日だったが、天皇陛下が世界へ向かってご即位を宣明される、『即位礼正殿の儀』の3日前に当たった。

この日に、私は拓殖大学におけるシンポジウムで、渡辺利夫前拓大学長と講師をつとめることになっていた。ところが、その10日前に已むをえない事情によって、シンポジウムを欠席しなければならなくなった。

『台湾・桜里帰りの会』

主催者に説明したところ、シンポジウムよりも重要だと理解してくれた。そのかわりに、メッセージを寄せるように求められた。

「今週火曜日の産経新聞によって報道されましたが、台湾の政界、経済界の有志が『台湾・桜里帰りの会』を立ち上げられ、日本において令和の御代が明けたのを祝って、1923年に昭和天皇が摂政宮・皇太子殿下であられた時に、台湾を12日にわたって行啓され、お手植えになられた、桜、ガジュマル、瑞竹の苗木を、日本へ里帰りさせることとなり、今日の同じ時刻に、その目録の贈呈式を明治記念館において行うことになりました。

台湾側では、『桜里帰りの会』の名誉会長に李登輝元総統の曽文恵夫人、日本側は安倍首相の御母堂の安倍洋子夫人が就任され、私が会長をひき受けることを求められました。

今日の式典には、『台湾・桜里帰りの会』会長で、台湾政界の重鎮の黄石城先生をはじめ、多くの要路の方々が来京されます。

昭和天皇ゆかりの桜、ガジュマル、瑞竹が、日本へ里帰りすることは、日本と台湾の精神的な強い絆を象徴するものです。

台湾の独立と自由を守ることが、そのまま日本の独立と自由を守ることになります。

香港では自由を喉が渇いて、水をほしがるように――渇望する青年男女、老壮市民が、邪しまな北京の共産政権に対して、もう半年近くにわたって、連日、街頭を埋めて果敢な抗議集会を続けています。

なぜ日章旗を見ることがないのか

香港の自由と民主主義を求める市民たちの人波のなかに、民主主義と人権の象徴として、アメリカの星条旗、イギリスのユニオン・ジャック、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの国旗や、台湾の緑の独立旗が掲げられていますが、日の丸がまったくみられないのは、淋しいだけではなく、恥しい思いに駆られます。

かつてアジアの解放を理想として、日の丸を高く掲げ、『アジアの盟主』をもって任じた日本国民の気概は、どこへいってしまったのでしようか。専制中国の虐政のもとで苦しんでいる、チベット、ウィグル、南モンゴルの人々が、天与の権利である自由を回復しないかぎり、アジアに平和が訪れることはありません。」

明治記念館における贈呈式典では、台湾の駐日大使に相当する謝長廷・台北経済文化代表処代表をはじめ、日台の関係者が見守るなかで、黄会長から安倍夫人に、苗木の目録が贈られた。

その後、台湾の駐日代表をつとめられた許世楷元大使と私が登壇して、昭和天皇ゆかりの苗木の里帰りに至った経緯、苗木をどこに植えることになるのかなどについて、説明した。

即位大礼の“前夜祭”に感謝

私は「3日後に迫った即位大礼を祝って、180以上の諸国、地域、国際機関の代表が来京されますが、台湾だけが即位大礼の前に、このように素晴しい“前夜祭”を催して下さって、多くの日本国民が台湾に深く感謝することになるでしよう」と、述べた。

昭和天皇は、大正天皇が重い病にかかられたために、訪台される2年前に20歳で摂政宮に就任されていた。

台湾では、摂政宮・東宮殿下を島民をあげて歓迎申し上げ、台北では、今日、見事な桜並木となっている苗木を植え、台南ではガジュマル、屏東では植物のご研究によって知られた殿下が竹の新種を発見され、「瑞竹」と命名されて、お手植えになられた。

私は10年ほど前に台湾を訪れた時に、台北の副市長が案内してくれたが、「昭和天皇陛下ゆかりの桜並木を誇りにして、市民が大切にしています」と、教えられた。

台南のガジュマルの樹は、いまでは枝を鬱葱(うっそう)とひろげた大樹となって、屏東の瑞竹林とともに、昭和天皇がお植えになられた由緒から、台湾国民の観光の目玉となっている。

台湾は、同じ隣国である韓国が国をあげて「反日」に熱中して、日本時代に全国に開校した、小中高校の校歌をつくりなおさせ、校庭に植えた日本原産の樹木をすべて伐採しているというのに、日本に世界でどの国にもみられない深い親近感を寄せてくれている。

台湾の世論調査「もっとも好きな国」は日本

毎年、台湾で行われている世論調査では、日本が「もっとも好きな国」の第1位を占め、アメリカが次いでいる。日本を訪れる観光客数では、台湾が476万人で、中国、韓国についで第3位となっているが、台湾の人口が2350万人だから、台湾国民の4、5人に1人が日本を訪れている。当然、リピート客が多い。

だが、私たちは台湾国民の日本へ寄せている、熱い親しみの感情に応えているだろうか?

私は昭和47(1072)年に、田中角栄内閣のもとで日中国交正常化が行われ、台湾を切り捨てた時に、月刊『文藝春秋』などの誌上で、この暴挙に強く反対した。

台湾国民の日本へ寄せる心に思いをいたそう

あの時は、中国がソ連の侵攻に脅えて、日本と結ぶことを焦っていた。当時、日中貿易は世界最大であり、日本として中国と急いで国交を結ぶ必要はなかった。

中国は日台が領事関係を結ぶことを、認めたはずだった。日本はアメリカが中国を承認するまで、待つべきだった。日中国交正常化は、戦後の日本外交の最大の汚点となった。

安全保障は可能性がたとえ数パーセントしかなくても、最悪の場合を想定して備えなければならない。

このままゆけば、“従北派”の文在寅政権のもとで、韓国が米日韓同盟から脱落して、在韓米軍が韓国から撤収することもありえよう。もっとも、仮に韓国が敵性勢力と結ぶことになっても、日本に対する脅威が大きく増すものの、日本が滅びることはない。

私は1970年代末に、防衛庁(当時)がつくった、最初の民間の安全保障研究所の理事長をつとめた。そのために、中国の国防部と人民解放軍によって頻繁に招かれたが、ある時、「先生はどうして、台湾に肩入れされるのですか?」と質問された。私は「50年間、日本国民だった台湾国民を守るのは、日本人としての義務です」と、答えた。

もし、台湾を敵性勢力が支配することになれば、日本はその瞬間から、独立を維持することができない。

台湾では、4年前に『日本皇族的台湾行旅 蓬莱仙島菊花香』(日本の皇族の台湾訪問 台湾が菊花に香った時、陳煒翰著)という単行本が発行され、重版を続けている。

明治34(1901)年に、北白川宮が訪台されてから、昭和16(1941)年に閑院宮同妃まで、26人にのぼる皇族が台湾を訪問された日程と活動が、260ページにわたって、写真入りで紹介されている。

台湾を応援しよう

私はこの本を手に取って、この本が日本で発刊されたとしても、重版されることがないだろうと思った。台湾国民のほうが、日本の皇室に対して崇敬の心が強いのだ。台湾は世界のなかで、日本と心を分かち合っている、唯一つの国なのだ。

桜、ガジュマル、端竹を植える先については、『日本桜里帰りの会』に一任されている。

台湾国民の心情を知るために、『日本皇族的台湾行旅』の日本の訳本を、ぜひ出版したい。