変転する政権は政権か(加瀬英明コラム)

本誌から「政権を支えた政治家」というテーマをいただいて筆をとったが、日本に政権が存在していても、いったい国際的に「政権」と呼ぶに価するものかという、大きな疑問が立ちはだかった。
菅義偉首相は明治18(1885)年に近代内閣制度が発足してから、99代目の総理大臣に当たる。伊藤博文公が初代総理大臣だが、1人平均すると1年4ヶ月在職している。
日本が近代に入って、大きな危機によって弄ばれた10年といえば、昭和6(1931)年の満州事変から昭和16(1941)年の真珠湾攻撃にいたる10年間だった。
このあいだに、11人の首相が交替した。平均して在職1年にみたない。いったい1年4ヶ月か、1年ももたなくて、政権と呼べるのだろうか。
占領下で連合国が行った、いわゆる東京裁判では満州事変から敗戦までの13年間のあいだに、日本の指導的な地位にあったとされた39人が、アジアを侵略した「平和に対する罪」によって裁かれて、東條英機大将以下7人が絞首刑となった。このあいだ、15人の首相が入れ替わった。
東京裁判の訴状によれば起訴された39人が「共同謀議」を行ったが、事実は39人は巣鴨刑務所の運動の時間中、はじめて話し合えたのだった。このように内閣が頻繁に交替しては、一貫した政策も、戦略もあったものでない。
閣僚になると、入れ替わりがもっと激しくなる。平成19(2007)年に防衛庁が防衛省に昇格してから、今日まで18人の防衛大臣が登場した。1人平均して1年つとめていない。これでは、大臣が防衛政策や戦略を練ることは、とうていできない。
私は日本に政治があるのだろうか、という不安に駆られてきた。人事しかないのではないか。
私は安倍晋三前総理が首相として返り咲いてから7年8ヶ月後に辞任すると、憲政史上在職期間がもっとも長くなったが、新聞や、雑誌から「長(なが)すぎた」という、批判の声があがったのに唖然とした。アメリカでは大統領が2期8年つとめるほうが多いし、他の先進諸国で7、8年が長すぎるといわれることは、ありえない。
日本には「指導者」、英語をそのままカタカナにして「リーダー」が言葉として存在するが、指導者という概念がない。つい150年あまり前まで、江戸時代には日本語のなかに「指導者」「指導」という言葉が存在しなかった。明治以後に、英語の「リーダーleader」、ドイツ語の「フューラーführer」などの西洋語を訳するために翻訳語として造られたものだ。
それまで日本語では上に立つ者を「頭目、棟梁、重立ち衆」などと呼んだが、リーダーとはまったく異なるものだった。リーダーシップはリーダーの個性から発する。合議制の上に成り立ってきた日本の民俗、伝承文化にそぐわない。
一神教の神がリーダー、フューラーと、フォロアーである従う人々との上下関係に擬(なぞら)えてつくられたのに対して、日本は八百万(やおろず)(無限の数)の神々の社会である。フォロアーは辞書をひくと、「信奉者、追随者」と説明されている。
アメリカをとると、大統領の下に閣僚以下課長あたりまでの数千人にのぼる政治任命職(ポリティカル・アポインティ)がおり、全員が大統領の代理人、あるいは大統領の人格の延長とみなされている。
菅内閣の閣僚は菅首相を支えているが、首相の代理人ではない。
いったい、日本の政権が何によって支えられているのだろうか?
日本の政権は国民的、あるいは大多数のコンセンサス――意見、感情などの一致、総体的で曖昧な合意によって支えられている。世論といっても論理が欠けているから、総体的な感情といったほうがよいだろう。
では、日本のコンセンサスはどうやってつくられるのだろうか。
日本民族はしばしば得体が知れないコンセンサスによって、支配されてしまうことが多い。日本では人々が得体も知れないものに、寄りかかることが起きる。
護憲主義や、国連信仰がそれに当たる。無防備によって平和が保たれるはずがないし、国連は諸国の国益が激突する場だから、”平和の殿堂”でありえない。
いったん、奇怪なコンセンサスが生まれてしまうと、それによって呪縛されて身動きできなくなる。
日本ではほんとうは不十分なものであるのに、あたかもそのものに大きな力が備わっており、権威があるかのように、まわりから作りあげることが起こる。戦前の極端な神国思想や、軍国主義のように、まったく得体に知れないようなものが、コンセンサスとして権威をもって横行することが多い。
私たち日本人にはどこか無意識に、満場一致を求める心情が働いている。そして、なぜか動かないものに対して憧れを持ちやすい。
多くの日本人にとっては、自我の中心が自分のなかにあるよりも、集団のなかにある。
しっかりした自分を確立することがないので、自分を一人ぼっちの人間として意識することがなく、自分が属している集団の部分としてみる。人々が中心を探り合ううちに、コンセンサスの中心として、得体がしれないものが生まれてしまうことが多い。
人間生活ではあらゆるものが流動しているから、状況に合わせてゆかねばならない。
憲法も手段であるはずなのに、現行憲法を墨守しようとする。
安倍晋三政権は、多くの戦略的決定を行えた。日本における珍しい政権だったといえた。
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