東アジア歴史文化研究会のブログ

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう

「東アジア歴史文化研究会」を続けてこられた理由

東アジア歴史文化研究会
「東アジア歴史文化研究会」を続けてこられた理由
 
今年6月で「東アジア歴史文化研究会」も80回の開催となった。この間、日本をこよなく愛する方々に恵まれ、さまざまな励ましをいただいた。振り返ってみれば、1997年4月に始まったこの研究会も15年目を迎えた。ただただ最初は歴史が好きでしゃにむに始めたものであったが、それだけではここまで続けることはできなかったように思う。いったい何がここまで自分を突き動かしてきたのだろうか。あらためて考えてみた。

忘れもしない1993年11月、ソウルで開催された日本と韓国の会議に参加した時のことだった。当時、日韓会議に参加した私は、言葉にならない憂鬱感を感じていた。どんな立派な肩書きの人であろうと、人格者とされる宗教指導者であろうと、韓国側の論文、主張の中に必ず反日の棘が盛り込まれていたのである。その棘は私の心に深く突き刺さった。どうして、日本人はそこまで悪く言われなければならないのかと。参加者は皆一様にそう感じていたはずである。

 このときの韓国側の講演者は、天道教の教領(天道教教領:宗教教団の最高責任者)であった。その講演文を一読して私は驚愕した。講演内容はざっとこのようなものであった。小沢一郎、加瀬英明、竹村健一等の政治家、評論家の韓国に対する発言を引用し、「日本は韓半島への経済的侵略と隷属化を企て、南北分断の長期化を図っている。さらに、新版の大東亜共栄圏を築こうとしている。そして、80年代以降、有害な低俗な映画、漫画、歌謡、大衆雑誌、土俗文化、エロ小説、ポルノビデオ等が乱入し、韓国社会に大衆荒廃文化を醸成している」と。露骨に反日感情を煽り立てて、講演は終わった。

日本側参加者は、その論文に閉口したのは言うまでもない。どうしてこのような人物を講演者に立てたのかと、韓国側の良識を疑った。このまま日本側は戦前の負い目があるので強気の発言ができないまま、それでも仲良くしましょうと、妥協して会議を終了するのかと思われた。ところが、この時は違った。

ある日本人が、戦後、日本は永遠の平和を求めており、経済的にも侵略などを企てている人はまったくいないと激しく反論した。そして、さらに、どうしたら韓国人の反日感情を解消できるのかと、逆に問いただした。すると、韓国側講演者は「日本は南北分断に対して多大な責任がある。だから、日本が南北統一のために真心を込めて努力してくれるのなら、韓国国民は日本に対しての過去の恨みを忘れ、日本人を理解するのではないか」と述べたのである。この発言を境に、急速に日韓両者のわだかまりが解けはじめ、やがて親しみの情が湧き上がり、会議は和やかに終わった。
 
韓国人はそれぞれ主体性が強く、意見がまとまることが少ない。しかし、こと反日においては、バラバラだった各団体、個人が完全に一致していくようである。後で知ったことであるが、韓国社会は団体に所属するならば、口を揃えたように反日でなければならないのである。そうしなければ非国民扱いされる。戦後60年以上経っても、この傾向は変わらない。

韓国側の一方的な反日感情論に対して、日本側はなす術もなく無抵抗であり、謝罪するのみであった。日帝時代の亡霊を払拭する勇気がなく、それに触れることをあえて避けていた。「侵略」を「進出」に書き換えたと誤報し、ことさら問題を大きくして騒ぎ立てた教科書問題。そして、従軍慰安婦問題など、歴史事実を詳しく調査もせず、謝罪してしまったツケは大きい。日本人はむやみな論争、口論を避け、穏便にすませたいと願う。しかし、そのことがますます問題を複雑にしてきた。

この時の会議は、その突破口を開き、心と心が打ち解けた象徴的な場でもあった。本当に日韓両国が親しくなるためには本音と本音でぶつかり合わなければならないと強く実感した。

ちなみに、講演者の所属する団体、天道教は、日清戦争の発端となった甲午農民戦争を主導した東学の流れをくむ民族宗教である。日本では東学党の乱として教科書に記されている。まさにバリバリの民族主義者であり、反日主義者でもあった。この講演者は、なんと1997年8月北朝鮮に亡命されたようである。何があったのか今となってはわからないが、ウソのようなホントの話である。

こうした出来事から、いかにして反日感情を払拭できるか、これが私に与えられた召命感のようなものとなった。だから、意地でも研究会を続けているのかもしれない。

ちなみに、81回目は、中国問題の専門家・石平氏に7月29日(金)、「私の見た中国と日本」のテーマで語っていただく。もう一度原点に立ち戻って再出発したい。

80回の東アジア歴史文化研究会の歩みは以下をご参照ください。
http://blog.goo.ne.jp/kirakiraboshi31/d/20110521




(「東アジア歴史文化研究会」事務局長)