宮脇淳子『皇帝たちの中国史』(徳間書店) 中国史の裏側では秘密結社、血族・地縁組織、そして新興宗教団体が動いた 客家ネットワークが近代史を動かし、変革してきた

歴代皇帝たちの治乱興亡を波瀾万丈に語り尽くした、エキサイティングな通史。宮脇さんの独壇場。解説は福島香織さんが担当して全体を盛り上げる。本書は「学術と愛の化学反応」だと福島さんがいう。
本書はテレビ番組の連続講座を文字起こしして、加筆したものだが、写真のほかに図解的な地図がふんだんに使われていて、面白さが加速されている。
そもそも『洛陽の紙価を高める』という言葉の意味はなにか、なぜ洛陽盆地に黄河文明が拓けたのだろう?
周囲の野蛮人をかれらはなぜ北夷・西戎・南蛮・東夷と呼んだか?
シナの歴史の謎はここから始まった。安陽にある甲冑文字記念館や殷墟の史跡を評者(宮崎)も歩いたことがあるが、史跡をシナ人らは加工したり改竄したりするので、見学したあとの感想は胡散臭さだった。戦後の日本の学者は洛陽に育まれた文明は中東からやってきた進歩的先進的なひとたちが開いたのだなどと妄説を展開してきた。
こうした虚妄をぶち破ったのは宮脇さんの夫君でもあった岡田英弘先生だった。
本書の特徴とは、
第一にモンゴルからシナ通史をながめるという視点が鮮やかなのである。
第二に『中国』なる国はなかったという、日本のシナ学者がひっくり返るような真実を堂々と唱える信念が爽快なのである。
第三に優しい語らいの体裁をとるが、文章のなかに爆発的な熱狂がある。
中国史の本質とは、裏側で秘密結社、血族地縁の組織、宗教が動き、扉をひらいたことである。くわえて客家ネットワークが歴史を動かし、変革してきた。孫文、トウ小平、李登輝、蔡英文、リーカウンユーらは客家である。蒋介石はチンパン(青幇)の人脈から浮上した。となると、毛沢東や馬英九はどこの馬の骨か?
日本の藤原氏は千年にわたり日本史の基軸を形成した。つまり天皇の外戚として権力中枢に加わり、藤原不比等、仲麻呂、道長らが太政大臣、正一位として日本史を動かした。
モンゴルでは正妻の財産が後継指名にものを言った。
下層から這い上がって天下を取ったのは劉邦と朱元璋である。
大規模な叛乱の結果、数千万の人々が死んだ。黄頭巾、紅頭巾、白蓮教、太平天国。そしてヤクザ的なギルドがチンパンとホンパン、洪門会という秘密結社になる。
日本では考えられない狂信的熱狂が、あの広大な大陸では豪雨や黄砂、竜巻、干ばつのように人々の心象を荒らす。易姓革命の土壌である。
「寇」を用いる元寇は水戸光圀の大日本史からの概念で、倭寇批判から転じた。したがって刀伊の入寇は近代の命名である。十一世紀の当時、刀伊の入寇とはいわず女真族海賊の来襲と言った。
七世紀に佐渡から東北、北海道に来襲した粛清(みしはせ)は阿倍比羅夫が退治した。女真族の襲撃では太宰府の強者が闘った。
それはともかくとして元寇にはモンゴル人戦士は殆ど乗り込んでいない。遊牧民が船をあやつることは出来ない。元寇の侵略者らは高麗が主体で、なかには黒人もいた。
司令官はヒンズウと発音したから、インド人だったかも知れないと宮脇さんは指摘する。
二回目の元寇でおくれてやってきた南宋軍は食いっぱぐれを粗末な船でおくりこんだ棄民だった。だから松浦海岸で最近引き上げられた南宋船には武器の代わりに農具が満載だった。かれらは日本に入植し農業を営むつもりだったのだ。
トこういう逸話がやまのように重なって本書は344ページに膨らんだ。猛暑の日々、本書はすかっと清涼剤的史書である。
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日本では中国という国の歴史がずっと続いているように教えられるが、中国という国があったわけではない。皇帝たちがそれぞれ異なる国をつくって、その国が交代しただけ。フランス大革命でブルボン王朝が倒れたが、フランスがフランスであることは変わらない。しかし最初の皇帝・始皇帝のあと、武帝が建てた漢はまったく別の国家なのだ。本書は、古代シナの皇帝たちから、唐、宋、明、清など歴代皇帝の治乱興亡を中心にシナ史を読みかえる画期的な試み。
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