東アジア歴史文化研究会のブログ

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西村幸祐『安倍晋三黙示録』(MdN) 安倍元総理暗殺が啓示する日本の危機『安倍晋三 回想録』をどう読むべきか

東アジア歴史文化研究会

本書に大書して掲げられる文言は三島由紀夫の遺言的な次の文章なのである。

「このまま行ったら日本はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」

日本は、その「経済大国」ですらなくなった。「失われた三十年」は、もはや取り返しがつかない地点にあって、起死回生の指導者だった現代のヤマトタケル(安倍晋三)は神武天皇即位の地で舞台から去った。

そういえば安倍首相が三島の辞世を諳んじていたことを思い出した。

さて西村氏が、本書を「黙示録」とした意図は奈辺にあるのか?

この世の中の終わりと最後の審判はキリスト教義によれば、キリストの再臨と神の国の到来である。だが、辞書的意味では「破滅的な状況や世界の終末などをしめしたもの」である。本書の意図は後者である。

暗殺の捜査が手抜きだったことは既に多くが指摘している。しかも左翼メディアの多くが暗殺犯をもちあげるという狂気を示した。つまり彼ら左翼にとっては、それほど巨大な障害物だった。

安倍首相は改憲こそ果たせず、公明党との力関係において「加憲」を打ち出したため、保守陣営からも批判が起きた。後日、安倍は「ポリティカル・キャピタルが不足した」と率直に述懐した。

安倍首相が果たした功績の中では米国との関係をささくれ立ったものから真の同盟に近い関係に押し上げたことである。

第一次安倍政権のおり米国の新聞は「歴史修正主義」として安倍に辛辣な言葉を投げかけていた。ワシントンポストとTIMEが酷かった。「安倍は北に拉致された少女を『利用してきた』」などとWP(2007年3月24日)が書いた。

そのWP紙もTIMEも安倍追悼では、「特定秘密保護法と平和安全法制の実現によって、安倍氏は日本をアメリカの真の同士にした」と持ち上げたのだ。

インドがふたたび日本を信頼し始めたのも安倍とモディの個人的関係もさりながら、印度国会での演説からだった。評者(宮崎)はこのとき、たまたまインドにいたので毎晩のトップニュースが安倍晋三訪印と、演説だったことを記憶している。

「戦後レジュームの克服」、「台湾有事は日本の有事」、「三本の矢」などは、一歩一歩、ともかく『匍匐前進だよな』と安倍首相が産経の阿比留記者に語ったことがある。

志半ばで兇弾に仆れたが、かれの魂は受け継がれるだろう。魂を揺さぶられた日本人が過半ではないが、かなり多い。

ところが「安倍氏の仕事と意味と価値を世界で最も理解していないのは日本人だ」と西村氏は締めくくるのである。