東アジア歴史文化研究会のブログ

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう

60年安保時と変わらない反対派のロジック 賢者は歴史に学ぶのだが

東アジア歴史文化研究会

2015.09.04

国会前で行われた安保法案反対デモ=30日、東京都千代田区

8月30日の国会前デモは、メディアでも大きく報じられた。参加者は主催者発表では12万人、警察調べが3万3000人、と大きな差があった。

デモでは、いつも主催者発表と警察調べの数字には差がある。筆者の感覚では、主催者側発表は推計が大胆で、何より数字をかさ上げして存在感を示す狙いもあるように思える。

一方、警察が人数を確認するのは、警備上必要な人員を確保するためなので、過小推計すると警備に支障が出てくる。こうした両者の思惑の差から、数字に差が出てくるのだろう。

左派系メディアは意図的に大きな数字を使いたがるが、産経新聞では3万2000人と試算している。読者に正しい情報を伝えるのが新聞の役目なのだから、他紙もぜひとも検証を行ったらどうだろうか。

ちなみに、60年安保闘争でも、条約が自然承認される前日の1960年6月18日の国会前デモの参加人数は、主催者発表が33万人だったのに対し、警察当局によると13万人だった。

60年安保闘争は現在より大規模なデモがあったわけだが、国民はこの歴史から何を学ぶべきであろうか。

60年安保では、旧ソ連の国家保安委員会(KGB)工作員などが日米安保改定阻止のために、日本国内でマスコミなどに工作活動したことが知られている。左派政党や労働組合などには旧ソ連のスパイが多数入り込んでいたという。

その当時の反対派のロジックを新聞などで調べると、「日米安保条約が改定されると米国の戦争に巻き込まれる。また、日本は再軍備せざるを得なくなり、徴兵制にならざるを得ない」というものだった。そうしたロジックによって、青年層はデモにかられていったわけだ。

ちなみに国会議事録で、発言者を「岸信介」として、「戦争に巻き込まれる」と「徴兵制」で検索すると、それぞれ28件と6件がヒットする。

これらのロジックは、当時日米安保改定に反対していた旧ソ連の主張とほぼ同じだ。そして、旧社会党は日米安保条約の破棄を求め、これに対し、当時の岸首相は、「日本が戦争に巻き込まれることはない、徴兵制にもならない」と繰り返し答弁していた。

そして安保改定以降、歴史はどうなったのか。岸首相の言うとおり、日本は戦争に巻き込まれることもなく、徴兵制にもなっていない。日米安保条約は、しっかり抑止力を発揮して、日本を平和に保ってきた。

その当時、日米安保条約を破棄していたら、どうなっただろうか。中国の対外進出を考えれば、尖閣諸島は危なかっただろう。なにより、その当時反対論をリードした旧社会党は、その34年後の村山富市政権で安保条約も自衛隊も認めて、結果として安保闘争は間違ったと自ら認めた。

55年前の反対ロジックは今でも生きている。現在の安保関連法案では、旧社会党に代わり民主党などが当時と同じ反対理由を挙げている。本コラムで、過去の戦争のデータから、「同盟は戦争リスクを減少させる」ことを示したが、60年安保の歴史も学びたいものだ。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)