東アジア歴史文化研究会のブログ

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漆畑春彦『日台の半導体産業と経済安全保障』(展転社) 中国半導体企業の猛追、台湾に追いつくのは時間の問題か 「ディープシーク・ショック」、中国がゲームチェンジャーになる?

東アジア歴史文化研究会

おりからTSMCが米国アリゾナ州における二つの半導体工場新設にくわえて、別途、米国に新規1000億ドル(合計1650億ドル)を投じ、五つの工場(開発センター、後処理工場を含む)を造成し、次期ハイテク半導体の製造に乗り出すとした。

トランプはTSMCの魏哲家CEOをホワイトハウスに招き、記者会見したほどの歓迎ぶりだった。

これは世界的ニュースだが、感度の鈍い日本のメディアは、トランプの高関税回避が目的などと底の浅い分析をした。熾烈な半導体開発競争はハイテク覇権の争奪戦であって、国際的な安全保障の視点を踏まえた議論が必要、本書はまさにそのタイミングで上梓された。著者の漆畑教授は、この方面の研究家として斯界では知られる。

ともかく日本の議論には経済安全保障といえばサプライチェーンの寸断を考えるのが関の山、国家安全保障という総合的な地政学的な観点がすっぽりと抜け落ちている。

米国は「CHIPS科学法」を廃案とするので、TSMSの新規プロジェクトには米国政府の補助金はつかない。日本は熊本にTSMCを誘致したが、膨大な補助金をつけた。

さて本書の一番大事なポイントは中国の半導体企業の猛追、その現状を分析してゆくと、台湾に追いつくのは時間の問題かも知れないという切実な事態が迫ったことだ。

「ディープシーク・ショック」につづき中国がゲームチェンジャーになる可能性があるというのだから。

米国が中国の技術的落ち上げを阻止するために、最初はファーウェイと中国通訊の基地局を制限し、機密データが盗まれるとしてファーウェイなどのスマホの使用禁止措置だった。

だが、効き目があまりないザル法で、はたと米国が気がついたのは、核心は半導体にあることだった。製造過程を遡れば半導体製造装置にあること、このために10ナノ以下の半導体、半導体製造装置の全面的な禁輸に踏み切った。これで中国の半導体企業は壊滅し、競争力は喪失する。

ところが思惑はみごとに外れてしまった。
第一に中国は迂回輸出、闇ルートを活用して高度半導体入手によりディープシークが突然デビューし、最先端を走っていた。GPUの独走態勢を過信していたエヌビディアに衝撃をあたえた。

漆畑教授は言う。中国は「ついに5ナノレベルの超高性能半導体を製造する能力を持つに到ったとされる。米国の対中制裁は短期的には成功したが、長期的には中国の技術力を上げてしまう結果に終わった」(96p)

バイデン政策は皮肉な失敗だった。とくにインテルの凋落は中国の勃興ぶりと対称的である。インテルはファウンドリ事業における失敗をに隠蔽し、15000人を解雇し、配当を停止した。時価総額320億ドル以上が消失したため株主が提訴した。

第二に中国は独自のサプライチェーンを構築してしまった。ファーウェイの新型スマホは7ナノ半導体を使っていたが、独自の生産だったようである。海思半導体(ハイシリコン)、中芯国際(SMIC)、長金(CXNT)、長江記憶(YMTC)など有力なメーカーが育っていたのだ。

第三がエンジニアたちの世渡りである。

SMICはTSMC技術者だった台湾人の張汝京が部下300名を率いて中国へ渡航し開発した。このような台湾エンジニアの「裏切り」はあちこちで見られる。高給と条件につられ、経済安全保障という観点はかれらの人生設計回路にはない。エンジニアの視野狭窄は設計図や生産過程のノウハウを理解しても地球儀的地政学の発想はない。

第四に中国は半導体製造装置にも乗り出していた。中国勢が躍進を遂げており、なかでも北方華創微電子装備(NAURA)が最大手で米国AMDにいた中国人の里帰りという「海亀企業」だ。

エヌビデァを猛追するのが魔弥銭程(ムーアスレッド)、これもエヌビディアにいた張建中によって設立された。つまり後追い企業はオリジナルを模倣し、格安の投資で先端レベルに追いつく。当該先端企業のエンジニアを引き抜けば良いわけである。

ファーウェイが予定しているAI半導体は「エヌビディア製GPUに匹敵する能力を持つと言われている。ムーアスレッドのGPUもファーウェイの新型AI半導体も、カギを握るのはそれらを受託製造するSMICの技術力次第」。それゆえ「西側とならぶのは時間の問題かも知れない」(102p)と報告する。

日本はこうした競争には埒外、外野席なのか?

二次に亘っての日米半導体協定によって「半導体王国」だった日本は「補完的な地位」に陥落した。

しかしながら半導体材料、製造装置の精密な部品ではシェアが大きく、またガラス基板のフォトマスクブランクスと、パソコンCPUの絶縁体は味の素がそれぞれ100%シェアを誇る。

そして日本には「切り札」がある。

「光半導体だ。これは「微細な帰路に電気ではなく光を走らせる研究が日本で進んでいる。これが実現すると、現在の半導体の125倍者性能をもつ超高性能半導体が出来る」(9p)。

ま、未来は捨てたものではないというのが本書の希望的観測である。