東アジア歴史文化研究会のブログ

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう

ペリー遠征前に驚くほど正確に日本を把握していた『日本 1852』(草思社文庫)チャールズ・マクファーレン著、渡邉惣樹訳

東アジア歴史文化研究会


アメリカはペリー遠征前に驚くほど正確に日本情報を把握していた
ウィリアム・アダムスが?川幕府に果たして役割まで調べ上げていた
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副題に唱われている惹句は「ペリー遠征計画の基礎資料」。つまりペリーの艦隊はおどろくほど正確かつ精度の高い日本の情報を仕入れていたのである。そのテキストが本書であり、初の全訳、しかも名訳である。

マクファーレンは英国人で、さすがに「情報の国」イギリスの調査力の凄さを象徴する。ペリー提督が日本へむけて遠征航海にでようとしていた。ペリーの野望はいまさら説明するまでもないが、シナとの交易のため、日本を中継の拠点化すること。鯨油というのは口実である。あくまで貯炭場である。

ペリーが出航する四ヶ月前に、この本がニューヨークで出版された。おどろくほど正確でしかも洞察に富む日本の紹介であるばかりか、この本こそがペリーに日本に関する大いなる刺戟と前知識を植え込んだのである。

ペリー艦隊は大西洋を南下し、喜望峰を超えてインド洋からマラッカ海峡、そしてマカオ、沖縄、小笠原を経て、下田に入った。その長い航海中に、ペリーは本書を何回も読み、日本人とはどのような思考体系、礼儀作法をもつかを頭にたたき込んだ。

とくに日本政治の二重の権力体制、礼節を重んじ、神道を信仰し、教養の高い民族であって、シナ人とは正反対であることなどをペリーは事前の常識として知悉していた。そのうえで徳川幕府との交渉に臨んだのである。

この本は渡邉氏によって2010年に単行本として刊行されているが、このたび文庫本に入った。僅か900円で、この古典的名書が普及版となった。

さて評者(宮崎)は、この本を読んで永年分からなかった謎がいくつか解けた。そのうちの一つが三浦按針ことウィリアム・アダムスのことだった。彼も英国人だ。アダムスは豊後に漂着し、大阪へ回送され、牢獄に入れられるが、十数回も家康に直々に呼ばれ、その家康の好奇心の悉くにアダムズが回答できた。

天文学、航海術、世界地図、アジア情勢、カソリックとプロテスタントの対立、ポルトガルとスペインがなぜいがみ合い、しかもオランダの興隆と謎などを聞きただした。また幾何、西洋の数学に関してもアダムスの知識は豊かで、家康は得難い人物、国際情報のアンテナを得たのである。家康に重宝されたアダムスは国際情勢顧問役であったばかりか、航海術しとして造船も命じられ、最後には平戸の商館をまかされた。

本書では望郷の念深きアダムスが英国の妻子へ書き送って手紙まで紹介している。マクファーレンはどうやって、それを手に入れたのか。

またキリスト教徒の反乱(「天草の乱」)も、かなり正確に、しかし外国人の目を通して外国に伝わっていたことが分かる。実は評者が平戸に行ったとき(目的は吉田松陰の留学を調べるためだった)、初めてアダムズの住居跡、そして逝去跡が平戸にあることを知った。なぜ?

吉田松陰が後に留学した平戸には古今東西の名書、古典がそろっていた。吉田松陰が逗留した紙屋という旅籠から歩いて五分もかからないところに三浦按針邸があった。本書はその理由と背景を次のように書いている。

家康は英国に対してのみ、平戸での交易を許可したのだ。しかも英国からの商品は無関税という特権を得た。しかし「日本の港に到着した船は全て平戸に回航されることを命じられ、交易はこの港に限られる(中略)。日本に持ち込む商品の選択がイギリスでいい加減にされたらしい。日本での需要が殆ど見込めないものばかりで、平戸商館の商売は結局利益が出せないでいた」。かくして英国側が日本での交易を途中であきらめた。

著者のマクファーレンは日本にきたことがない。しかし長崎出島に暮らしたオランダ人や、ポルトガル、スペインの宣教師や、商人等の資料をこまめに集め、書簡にも目を通し、シーボルトの日誌や資料にもあたり、総合的な分析チームの主任のように、日本を徹底して分析してみせたのだ。

さすがに情報の国、それまでなおざりに異国譚としてエキゾティックに語られ、珍しがられたマルコポーロの大風呂敷は吹き飛び、科学的客観性が要求される時代になっていた。だから日本では女性の地位がおどろくほど高いことに驚き、また民族的にはモンゴル系でシナ人とは決定的に異なると断定している。

「日本人は、まさに最高に洗練されたタタール人である」とマクファーレンは日本人を定義する。
「日本人は漢人より強靭で勇敢な民族である」うえ、「身のこなしかたがすばやく敏捷で行動が大胆である」

他方、シナ人はと言えば「戦いを回避する傾向が強く、臆病なところがある。おとなしくさせるのは簡単だが、小ずるく、疑い深く強欲で、すぐに賄賂が横行し、高利貸しなどに手を染める」と。

まったく、この日本人と漢人との民族性の差違はいまもまったく変わらない。しかし、かくも鋭敏で正確で洞察力に富んだ分析がペリー来航前にアメリカでなされていたこと自体、脅威である。