東アジア歴史文化研究会のブログ

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張又侠、劉振立両将軍の失脚は、「取り調べ中」とだけ発表された 北京政変を最初に公表したのは国防部(1月24日、記者会見)だった(宮崎正弘国際情勢)

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中国共産党系メディアから得られる情報をそのまま素直に受け止めたり、時系列に並べてみるだけでは不正確であり、実証的なように見えて、ちっとも科学的ではなく、結論は事後にしか検証できないことが多い。なにしろ中国共産党の情報とは政治プロパガンダ一色に塗りつぶされている。


記事の行間に何を示唆しているかを読み取らなければならない。


チャイナウォッチャーの多くは人民日報や解放軍報の報道を事実として受け取ってはいない。しかし大半が宣伝目的とは言え、書かれた記事のなかには、他の情報源よりも党の考えを知る上でひとつの指標となる。 


張又侠、劉振立両将軍の失脚とは、中国軍の制服組トップとナンバー2の拘束であり、「取り調べ中」と発表された。この一月の“北京政変”を最初に公表したのは国防部(1月24日、記者会見)だった。しかし2月11日時点で両将軍の肩書きはそのままであり、党籍剥奪も発表がないから正式な処分は三月の全人代へ持ち越されるのだろう。


注意点は発表が人民日報でも政治局でもなく国防部だったことである。

軍事を理解し全体を掌握していたトップの理不尽な不在をこのまま軍は黙っているのか、軍は反抗的態度にでるのか、或いはクーデターにでるのでは等と盛んに憶測が流れた。不気味な沈黙の後、解放軍報が1月31日から三日連続で 張又侠、劉振立の批判を開始し、一方で習近平はカナダ、英国首相をむかえ、トランプと電話会談をこなしたから安泰であることが了解出来た。


つまり反乱軍が北京を抑えた、瀋陽軍が南下した、河北省で軍が衝突した等という情報はフェイクだったことになる。


1月25日付の解放軍報は「社説」で、張・劉のふたりは個人的な富裕層や不誠実さで告発されているのではなく、党の指導部に対する政治的犯罪とし、両氏が「中央軍事委員会主席の責任制度を深刻に踏みにじり、弱体化させ、その結果、軍に対する党の絶対的指導力を弱め、党統治の基盤を危うくする政治的・汚職問題を深刻に煽った」と述べていて従来とは文言が異なる。


言い換えれば、通常の汚職ではなく、中央軍事委員会主席である習近平自身を通じて党中央と軍隊を結びつける唯一の権力の連鎖への干渉として捉えられていることだ。


それにしても軍は沈黙を続けていた。


2月9日になって、「解放軍報」は評論記事を掲載し、「軍内に残る腐敗問題がいまだ完全には一掃されていない」と指摘した。「政治的な整訓(整理と訓練)を通じて腐敗の温床を根本から取り除く必要がある」と強調したため、軍の粛清が継続されるのは確実である。


署名入りの評論記事では「軍を強くするには、まず政治的に盤石でなければならない。政治面での強さこそが最も根本的な強さである。政治を軽視するいかなる人や行為とも断固として闘争し、党が人民軍隊を絶対的に指導する体制を確保し、銃は常に党の指揮に従うことを徹底しなければならない」と記した。つまり中国人民解放軍は共産党に従属し、国家ではなく党に忠誠を誓えと言っているのだ。


習近平への忠誠をもっと明確にせよと強要していることになる。


▼本当の失脚原因は台湾侵攻をめぐる論争だったのか?


しかし張又侠が失脚した原因は何だったのか? 


習近平は今後どのように行動するのだろうか?


こうした問いに入手可能な情報に基づいて評価を行う前に、まず何が明らかに分かっているのかを列挙してみる。


「四中全会」は2025年10月に開催され、反汚職活動を最重要課題として位置づけた。何衛東副主席の失脚が明らかになったばかりで、軍の統制をめぐる闘争の新たな始まりと解釈できた。その後、6週間にわたって人民解放軍報に掲載された、反汚職に関する異例のシリーズは26回もの連載だった。


指導的立場の高官のよる権力乱用を警告していたが、いまとなっては何衛東ではなく、張又侠、劉振立を暗に指していたことになる。連載記事のなかに、朝鮮戦争の英雄が数十年後に汚職で有罪判決を受けたという「想像を絶する」物語が掲載されていた。この遠回しの比喩!、ベトナム膺懲戦争にくわわった軍の英雄といえば張又侠しかいない。


汚職に関する記事とともに、「中央軍事委員会主席責任制度」の言及があり、2027年までに世界クラスの軍隊を建設するという人民解放軍の100周年目標を達成する目標が謳われていた。


また常套句である「政治的忠誠心」と「習近平の軍事強化思想、党による軍事への絶対的指導、中央軍事委員会主席責任制の徹底」を挙げていた。この慣れっこの文言が重大なヒントだったのだが、多くのチャイナウォッチャーは軽視した。


四中全会では何衛東の解任が確定し、中央軍事委員会懲罰主任の張昇民が中央軍事委員会副主席に昇格した。このとき伏線が敷かれたのだ。軍内の監査、お目付役の異例の出世が何を意味するか深く考えなかった。


▼全体主義体制における制度的混乱である。「個人主義的な中央集権化」


さて習近平はこれで、軍事粛清に勝利したように見えるが、それはエリート層の政治を安定させていた制度的安全保障を解体することによって実現されたのである。長期にわたる体制の脆弱性は解決されるどころか、さらに深まることになった。


なぜなら張と劉将軍の拘束は、「中央軍事委員会主席責任制度」に完全には包摂されていなかった軍の最後の権力系統の消滅を意味し、軍の指揮権が習近平主席個人に収斂され、同時に終了することを意味するからだ。


政治的潮流は後期スターリン主義の特徴だった「力の不均衡」へと向かうだろう。


“スターリン的不均衡”とは、秩序ある後継者の育成と管理、専門家や知識に基づく権威、指導部内の反対意見や修正意見に対する寛容さを犠牲にして、習近平の個人的な統制が最大化される特徴を示唆する。


全体主義体制における制度的混乱である。「個人主義的な中央集権化」というパターンは新しいものではない。


習近平は就任当初、周永康の下で自治権(アンタッチャブルの地位)を獲得していた国内治安機関と対峙した。周永康自身の粛清にとどまらず、国家治安機構全体の再構築を伴った。


2013年に中央国家安全委員会が設立されたことで、国家安全部、公安部、そして関連する政治・法律機関は党中央に直接従属し、事実上、習近平個人に従属することになった


ハンナ・アーレントは『全体主義の起源』で、全体主義体制は安定した制度を通して統治するのではなく、制度を動かし続けることで統治する、つまり断片化され、再編され、永続的に不安定な状態にすることで統治すると分析した。その目的は行政の効率性ではなく、指導者の安全確保にある、とした。


アーレントは「安定した制度は、新たな訴求点、ひいては新たな正統性の源泉を生み出す。そして、より受動的な独裁政治の実施を迂回できる規範、手続き、そして一貫した政策立案組織を生み出す。したがって、全体主義的な支配者は意図的に制度を弱体化させる」とした。


であるとすれば、習近平による中央軍事委員会の骨抜きは理にかなっている。中央軍事委員会は名目上、軍権力を集団的に行使し、調停する機関として機能していた。しかし、今や形骸化し中央軍事委員会は習近平自身と張勝民の二人だけとなっても増員の気配がない。習近平が人民解放軍内の潜在的なライバルを信用していないということだけではない。彼は、権力の中枢そのものを信用していないのだ。


▼台湾侵攻という基本姿勢は変わらない


中国情勢の鋭角的分析で定評のある米シンクタンク「ジェイムズタウン財団」は「最新の粛清事件には三つの示唆がある」という。


(1) 軍の指揮権は習近平主席に始まり、習主席に終わる


2016年の人民解放軍の戦域指揮システムへの再編は、中央軍事委員会に取って代わるものではない。戦域指揮システムは依然として中央軍事委員会に従属する。


しかし政治的意味は変化した。中央軍事委員会が集団的審議機関として空洞化しているため、統合開発委員会は習国家主席の個人的権威を伝達するパイプ役として機能しているにすぎない。


軍事理論作業規則は、「新時代の中国の特色ある社会主義に関する習近平の思想」と「軍事強化に関する習近平の思想」に基づいており、「中央軍事委員会による全体的な指揮、戦域司令部による戦闘準備、および軍事司令部による「建設」の原則を再確認している。作戦上および戦略上の権限が、最高軍事司令官としての習の個人的なシステムを示している。


(2) 台湾侵攻という基本姿勢は変わらない


中央軍事委員会の粛清は、海峡を挟んだ海峡の戦力関係に実質的な変化をもたらすものではない。作戦スケジュールを早めたり遅らせたりするわけでもない。


せいぜい、迅速な行動をとるためであれ、より綿密な包囲網を築くためであれ、政治的忠誠心と指揮統制の一貫性が前提条件であるという内部判断を反映しているに過ぎない。


偶発的な出来事よりも、内部の力学、とくに習近平の個性が左右の方向を決めるわけだから、不透明である。意思決定は忠誠心、恐怖といった、外部からは見えない要素が織りなすのである。すなわち経済的困窮の果ての全土での暴動、軍内部の険のんな雰囲気など状況の予期せぬ変化によって習近平は兵站の準備などは無視して侵攻を命じる懼れは高まったのである。


(3) 後期スターリン主義と党の袋小路


スターリンのように、習近平は個人の権威と体制の存続を融合させている。独立した上訴機関は存在しない。後継者を選出するための手続きも存在しない。あるのは指導者と、彼が支えるシステムだけだ。


したがって戦々恐々たる政治状況と監視の様子見、政治局の日和見など不確実性を生み出している。習近平が権力の座に居続ける限り、彼が条件を決定できる。


しかし彼の支配を確固たるものにしてきたメカニズム、すなわち粛清、制度空洞化、そして競合する権力中枢の解体をなしてしまったわけで、彼なしでは体制が容易に存続できないことを確実にしている。後期スターリン主義体制は長年存続できるものの、経済の活力は衰えてしまう。移行期を耐え抜くのははるかに困難である。


たしかに習は統制問題を解決したが同時に、後継者問題であれエリート層の分裂であれ、中央が崩壊した際には、壊滅的な崩壊を招く態勢に陥らせてしまったのである。