東アジア歴史文化研究会のブログ

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう

藤岡信勝編 『通州事件 目撃者の証言』(自由社)

東アジア歴史文化研究会

人はここまで残虐になれるのか。いやシナ人だけがそれができる
凄惨な日本人虐殺事件に目撃者の証言がでてきた
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通州事件はいまさら説明するまでもない。シナ人の日本人虐殺事件である。舞台は北京郊外の通州でおきた。いま地下鉄がつながり通州は北京市に編入されている。評者(宮崎)は過去に二回、この現場を克明に歩いたことがある。地図を写真をつけて拙著にも収録した。

当時の地図と睨めっこしながら、通州鉄道駅、南門、保安隊本部など、十数年前にはじめて行ったときはまだかなり、判別がついた。旅館跡はホテルとなっていた。公園になった事件現場のひとつは薄気味わるかった。

五、六年前に高山正之氏らと一緒に行ったときは鉄道駅と南門跡くらいしかわからず、日本人居住区跡はイスラム貧困町、表通りにはおおきなスーパーがはいり、旅館のあとのホテルもなくなっていた。なにもかも消滅しかけていたが、最近行った人の話に寄れば、再開発がすすみ、痕跡は完全に消えつつあるという報告である。

風化した。いや中国側から見れば、通州事件はなかったことになっており替わりに彼らのでっちあげた南京大虐殺、731部隊なるものの記念館がある。ハルビン駅舎内には、安重根記念館もできた。

中国人の残虐性は、多くの人が指摘したからここでは繰り返さない。それも想像を絶する残虐さ、凄惨な現場。身の毛もよだつ略奪のあと。血の海。

このたび藤岡氏の編集された、この冊子は、新しい目撃者の証言である。その復刻である。事件を目撃した女性がいたのだ。しかし半世紀、彼女は沈黙した。秘密にしてきた地獄絵を記録に残そうと思い立ったのは或る住職との出会いだった。貴重な目撃談が、資料としてこのたび自由社ブックレットシリーズに加わった。

これは英語よりも、先に中国語にも翻訳し、誰もがアクセスできるネットに公開すると効果的だろうと思った。

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参考資料

通州事件(つうしゅうじけん)とは、1937年(昭和12年)7月29日に発生した事件で、「冀東防共自治政府」保安隊(中国人部隊)による日本軍部隊・特務機関に対する襲撃と、それに続いて起こった日本人居留民(朝鮮系日本人を含む)に対する虐殺事件である。

当時の日本が支那に和平を訴えても、このような支那人による恐ろしい極悪非道のホロコースト(大量殺戮)が日本人に対して行われていたということだ。

しかしながら、日本の敗戦後、戦勝国に都合のよい歴史を押しつけられ、鬼畜・支那人によって何度となく行われた日本人市民に対する極悪非道の残虐な事件は、東京裁判でも却下され、忘れさせられてしまった。

戦勝国は日本を侵略国と定義する為、日本の被害はすべて闇に葬られた。

さらに断じて許せない事は、支那人が日本人市民に対して行ったおぞましい殺戮の証拠写真を、日本人が支那人に対して行った証拠写真として捏造し、日本政府を糾弾する外交カード、そして現在の中国人の反日教育に利用されている。

加えて、この悪夢のような事件から既に70年以上経過しているが、根本的な支那人(漢民族)の気質は全く変わっていない。