『板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞』日暮高則著(コスミック出版) 悪役とされ、葬られた赤穂藩末席家老が主君の本懐を果たした 驚くべき忠臣蔵の裏側。埋もれていた秘話を基に想像を絶する物語が登場

これは歴史小説でありながら時代小説でもある。史実にもとづく史論的解釈が歴史小説。歴史的事実を重視せず、想像力を駆使して主に人間を描くのが時代小説であるとすれば、本書は両方を兼ねる。
また時代考証的に江戸、難波、赤穂、京、そして福島の風俗も背景に細かく点描されている。題名の板谷峠は現在の福島県と山形県の県境、雪深い場所である。
物語は目が飛び出るほどに意表を突かれる展開があって、想定外の結末となる。日暮氏の処女作なのに職業作家のように筆が冴えている。
さて主人公は大野九郎兵衛。かの赤穂藩の勘定家老でありながら討ち入りに反対して蓄電した不明誉な侍として、酷評され、杳として行方不明となり、じつに長いあいだ枯葉に埋もれてきた。ところが、大野九郎兵衛の供養碑が、この板谷峠にあるのだ。
なぜここに?
表向きの忠臣蔵は美談に満ちており、昼行灯と言われ、飄々とした国家老・大石内蔵助の策略と忍耐を、家臣団の結束力が力説された。みごとに本懐を遂げて吉良上野介を討ち取った。忠臣蔵はながく伝えられ、日本人の琴線を涙ととみに揺さぶってきた。
真実は?
本所吉良亭討ち入りでは吉良上野介に似た老人が「替え玉」となって討たれた。本物の吉良は秘密のトンネルを抜け、公家に変装して米沢を目指していた。
えっ? この噺は本当か?
こういう事態を想定して大石内蔵助は事前に軍資金とともに大野九郎兵衛に後詰めを託した。すなわち吉良の本物が江戸を脱出した場合、奥州路を北へ。福島から米沢(吉良の息子は米沢藩主)へ向かうだろう。それを街道の何処かで待ち伏せし、討ちとれという隠密作戦の依頼である。
大野は内密裡に腕利きで浪人中の剣客を集め『暗殺隊』を結成した。
吉良は目立たぬ篭にのり、しずかに江戸を抜け出し、先住大橋、草加から北へ向かった。万一に備え、護衛の剣士、前後を町人に扮した武士と、後詰めで追跡を確認する女忍び、目明かしの使い走り。尾行の後を違う尾行が追いかける。
忠臣蔵は表向き、吉良征伐に成功し、46人の浪士は高輪泉岳寺に祀られている。歴史の裏面では、まったく異なる行動が取られた。
知られざる裏話を構想した日暮氏、実はチャイナ・ウォッチャーとして知られるジャーナリスト。時事通信山形支局時代に、大野九郎兵衛の供養碑が板谷峠にあることを聞き及び、実地調査に赴き、また地元の郷土史家を訊ね歩き、逸聞を集め、脳裏では時間をかけた別の物語が発酵していったのだ。
物語は追跡劇でもあり、人情話も加わって、妖艶な女忍者が重なると、面白さ十倍。エンターティンメントにもなって迫力満点の時代小説が誕生した。
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