元自由民主党副総裁の衝撃の告白〜日本を泥沼の戦争に誘導した犯人とは〜(経営科学出版『月刊インサイダーヒストリー』事務局)
当時法制局長官であり、自由民主党副総裁も務めた船田中は戦後、「先の戦争」について衝撃の告白をしています。
「あの立案者は風見章君なんです。のちにゾルゲ事件というのがあるでしょう。風見君を疑っちゃ悪いけれども、どうも風見君の周辺にはそういうものが‥‥。その当時、ご本人が意識しておったかどうかはわからんが、尾崎秀実もしょっちゅう風見君のところへきていたし、あとから考えると、どうも蘆 (ママ) 溝橋事件というのは、日本軍と国府軍が争ったというよりも、共産ゲリラに扇動されてやったんじゃないかという感じがします。そしてだんだん大きく拡大するようになっていったということも、国際共産主義者(日本国内の売国勢力)の謀略に引っかかったんじゃないか」中村隆英・伊藤隆・原朗編『現代史を創る人びと2』(毎日新聞社、1971)p.248-249。
この衝撃的なインタビューをまとめると、
近衛内閣の(今で言うと官房長官にあたる)内閣書記官長に大抜擢された風見章が、いわゆる日中戦争を拡大させたという衝撃的な内容です。
歴史にifはないとは言いますが、もしも日中戦争がなければ、日米戦争、そしてその後の敗戦という歴史はなかったかもしれません。
なぜなら、この日中戦争がきっかけで、下記の2つの点で米国が日本と戦争をする理由をつくってしまったからです。
・米国政府は日本によって中国市場が独占される可能性の高まりに強い危機感を覚え、中国側に味方する方策へと路線を転換することになってしまった。
・中国側が南京大虐殺などのプロパガンダを大々的にアメリカで展開し、米国が日本と対立するための大義名分を与えてしまった。
つまり、この日中戦争こそが、地獄への道(戦争への道)を切り開いてしまったのです。
日中戦争は起きるはずではなかった
戦後の教育では、陸軍が暴走して中国を侵略したとされていますが、実は日中戦争のきっかけである盧溝橋事件は、偶発的かつ小規模な軍事衝突事件であり、しかも事件発生から4日後には日中間で停戦協定が結ばれていたことをご存知でしょうか?
つまり、現地の日本軍も国民党軍もこれ以上戦争をする気はなかったのです。
例えば、参謀本部第一部長である石原莞爾 ( いしはらかんじ ) 少将や、 多田参謀本部次長は和平に持っていきたいと近衛に直談判しています。このことからも分かるように、陸軍は戦争をする気はまるでなかったのです。
では、なぜ全面戦争に突入することになったのでしょうか?
それは、冒頭でご紹介した船田中の告白にあるように、風見章という政府の中枢にいる人物が深く関係していたのです。
風見章の暴走
先で述べたとおり、盧溝橋事件はたったの4日で停戦協定を結んでいたただの小競り合いであり、すでに終わった事件でした。ですが、近衛政権首相の近衛文麿と風見章は、国民党への報復の決定と決意を高らかに謳いあげたのです。
しかも、政界や財界に事前に情報共有をせず、メディアの前で突然、「国民党に対する報復」を発表したのです。
普通であれば、これほど大規模な戦争については衆議院、貴族院、議長を含めた政界の関係者や、財界の関係者の承認を経て、発表するのが当たり前です。ですが、近衛文麿と風見章は、このような常識的な手順を踏まずに勢いで国策を決定しようとしたのです。
良識ある、大体の外務省の関係者や軍の人たちは「なぜこんなに政府が暴走するんだ」と驚くわけです。
そして、誰よりも驚いたのは、中国側です。小さな小競り合いであり、しかも停戦しているのに、日本政府は「報復戦争をする」と宣言したのですから、中国側の立場に立つとわけが分かりません。
さらに風見章は、「徹底的に支那を懲らしめ、国民政府を壊滅させなければならない」と新聞の社説などで、中国との戦争を煽ります。
彼は朝日新聞の幹部だった経験があり、メディアにも強い影響力を持っていることや、政府の中枢の人物からの発信だということで、その論調は瞬く間に世論を形成していきました。これは「風見声明」とも囁かれています。
この風見の行動に対して、後に多田参謀次長は「風見の馬鹿があんなことをやってしまった、我々はびっくりしたのだ、陸軍ではないのだよ。」このように述べています。
ここまで述べたように、日中戦争拡大のきっかけは、陸軍の暴走ではなく、風見章の暴走によるものだと言っても過言ではないでしょう。
風見章の衝撃の告白
ここまで、風見章の裏の顔についてお伝えしてきましたが、あなたはもしかするとこのように思うかもしれません。
「都合の良い事実だけを集めたのではないか」と。
しかし日中戦争を煽った風見章は、自身が書き残した風見章日記にてこのように言っているのです。「『こういうふうに画策したのは陸軍ではないか』という説もあるけれど、そうではない。自分が近衛文麿と図ってこれを画策した」(『風見章日記・関係資料 : 1936-1947』みすず書房)
このように、本人自ら日中戦争を画策したと告白しているのです。
ここまでの話を読んでどう思いましたか?
大東亜戦争は軍部の暴走だと、戦後70年以上ずっと言われ続けてきましたが、その裏には私たちが知らない真実が隠されていたことがお分かりいただけたのではないでしょうか。
でも、なぜ風見章は、軍部の反対を押し切って、日中戦争を煽るようなマネをしたのでしょうか?
実は、ここまでお伝えした内容は、先の戦争の知られざる真実のほんの一部です。実は、風見章の他にも「まるで日本を戦争に誘導したのではないか」と思えるような売国日本人が何人も存在していたのです。そしてその中には、英雄として扱われている人物も含まれています。
・大東亜戦争とは一体なんだったのか?
・日本を戦争させたかった売国日本人たちとは一体誰なのか?
・売国日本人たちは何を考え、何を目指していたのか?
このような、「裏切り者の存在」という今までとは違った視点を持って歴史を見ることで、 私たちが教えられなかった真実が浮かび上がってくるのです。
今回の林千勝による講演会では、終戦から77年が経った今だからこそ明かされる衝撃の真実を、たっぷりと時間をかけて解き明かしていきます。
(経営科学出版『月刊インサイダーヒストリー』事務局)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
林千勝特別講演会2022
日時 2022年9月25日(日)
第一部14:00~15:10
第二部15:20~16:30
Q&A 16:30~17:00
会場 浜離宮朝日ホール 小ホール
〒104-8011 東京都中央区築地5丁目3−2
朝日新聞東京本社 新館2階
(限定260席/定員数398席)
主催 株式会社経営科学出版
(お問合せ先:https://dpub.jp/contact_forms/)
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。