東アジア歴史文化研究会のブログ

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう 

山上信吾『拝米という病』(ワック) 大東亜戦争はやむにやまれぬ自衛の戦いだった アメリカに媚びる時代は終わった。ディールにはディールで!

東アジア歴史文化研究会

外務省に巣くう拝米派が日本外交の主流、ところが歴代駐米大使の多くは満足な英語が喋れないために日本の立場を強く主張してこなかった。国連に於ける中国の宣伝戦にも外務省は効果的な反論をしてこなかった。国際舞台では武士道のモラル=「沈黙は金」は通用しない。

他方で “中国位負け”のチャイナスクール。国益を損ねる官吏たちが愚かな中国政策を展開してきた。アメリカの対中態度がかわると、かれらの立場がなくなったのは喜ばしい限りだが、政治家にはまだチャイナ礼賛組の跳梁跋扈が水面下で続いている。

つくづく情けない国家に陥没したものだ。

豪大使を務めて外務省退官後の山上氏の言論活動は熱を帯びている。憂国の情と、その『覚悟』のほどが行間からもあふれ出ている。前作は門田隆将氏との対談『媚中』(ワック)。北京におもねる、どうしようもない外務官僚と政治家を実名いりで具体的に批判した痛快な書物だった。こんどの新刊はアメリカに阿る政治家と外務官僚をとっちめている。まるでかれらは宦官のごとし。

評者(宮崎)は外務省を「ミニストリー・オブ・フォーリン阿呆ヤーズ」と呼ぼうと提言、また外務官僚はすべからく半年でも自衛隊に体験入隊せよ、さすれば国家を命がけでまもるということはどういうことかを体験できる。外交官にも国益を守るという命がけの心構えができると言い続けてきた。そもそも外務官僚が防衛省高官に居丈高な態度をとり続けるのは本末転倒だろう。どの国でも軍人が尊敬されるのであって、外務官僚は役人でしかない。

またトランプ来日時に高市首相は一緒に靖国神社へ行くべしというのも同意見で驚いたほど、本書は隅から隅まで共鳴部分が多い。

なによりも外務官僚で、先人たちが闘った戦争を「大東亞戦争」とちゃんと呼称して、まっとうな、常識的な歴史のスタンスを取る人がいるのかと心強く思った。しかも山上氏は退官後、同志社大学で、そのような立場で教鞭を執っているという。

バイデンという史上空前の愚か者政権に岸田も石破も這いつくばって何も言えなかったばかりか、「エマニュエルという軽薄で上滑りな駐日大使を使って『日本もアメリカと(LGBTを)同じようにやれ』と猛烈な圧力をかけてきた」(27p)

問題は日本の政界官界の体質である。

「原則や理念にしたがって政治家に直言する役人がほんとうに減ってしまった」(35p)。

岸田・石破時代にはイエスマンばかりが重宝され、しかも昇進して、国益尊重の人間は退けられた。

駐箚全権大使とは日本国を代表する天皇の代理であって首相の代理ではない。ところが外務省高官の所謂”エリート“には歴史の知識がない。

大東亜戦争はやむにやまれぬ自衛の戦いだったことはマッカーサーですら議会証言でみとめている。アメリカに媚びる時代は終わった。「ディールにはディールで!」というのが山上大使のスタンスだが、つまりアメリカ国債を売るぞという決定的な取引材料を日本は持っているのである。

外務省に建つ銅像をかれらは見過ごしているのだろうか。その像は小村寿太郎である。飫肥藩は日向の小さな藩だが、西南戦争では西郷軍に馳せ参じた。この藩校で小村は学んだ。飫肥には小村寿太郎記念館があって西郷伝取材の折に評者も見学したことがある。


小村寿太郎は次なる言葉を残した。

日露戦争後の国民の士気を称え、「国民の士気さかんなるものあり、国家の前途また洋々たり」、「私が学生に望むことは『誠』である」

彼の功績は日英同盟、ポーツマス講和条約調印、関税自主権回復だった。