中国、外交文書に老子の『道徳経』を頻繁に引用 習近平が突如、老子の道徳経の政治利用を思いついた理由は何か?(宮崎正弘国際情勢)
中国外交の中軸を担う習近平を支えるのは蔡奇と王毅である。といっても過去一年間で外交500件の案件をこなし、対応するには人手不足。外務次官、政治局常任委員、北京への外国使節訪問では高級官僚総出で対応しており、たとえば日本の経団連代表訪中時に応接したのは格下も格下の次官クラスだった。
2025年12月以降、習近平と王毅外相は、国連安全保障理事会の常任理事国すべての政治指導者を招き、次期国連事務総長の候補者全員と会談した。北京はグローバル・サウス諸国との関係強化も重視しているが、優先順位があって、米国とロシア、ついで欧州との間では、最高レベルの外交的関与を維持した。
もっとも奇怪なことは外交文書に老子の『道徳経』を頻繁に引用していることだ。
自然の道を説き、道教の始祖とされる老子は戦国春秋時代の思想家として知られるが架空の人物ではないかとする学説もある。中国外交は、この老子思想を国際舞台における影響力、指導力、そして「道徳的魅力」として武器化している。
『老子道徳経』の第32章には、「王が(道を)守り、保持することができれば、すべての者は王に服従するだろう」(王若能守之,萬物将自賓)とある。中国が「国家元首外交」では、2026年前半に北京が世界の外交のセンターとなった。5月にはドナルド・トランプ米大統領が北京を訪問し、その後、プーチン露大統領も北京を訪れた。前後して英独仏伊、インド、インドネシアなど実に夥しい外国賓客をむかえた。
米国との関係は最優先事項である。プロパガンダ機関は、中国の外交的優位性の証拠として誇大な宣伝に利用した。トランプ大統領が習氏に与えた賞賛の言葉が頻繁に引用された(「習氏は偉大な指導者であり、中国は偉大な国である」。
そしてアップル、エヌビディア、テスラ、ボーイングの幹部らが揚言した「開かれた中国」が政治宣伝に大いに利用されている。新華社の記事は、米国大企業のCEOらが「それぞれ中国市場への高い敬意、中国での事業深化への意欲、そして中国との協力強化へのコミットメントを表明した」と自画自賛に活用している。
王毅外相は、高官級会合の3分の1に関与している。国際関係局長の劉海星がさらに3分の1を占めている。劉海星は次期外相の可能性があり、共産党の外交を担う中央対外連絡部長に就いたのは前任の劉建超が失脚したからである。劉海星氏は中国外務省で外務次官補や欧州局長を歴任している。
元副主席を務めた韓正も、アフリカ諸国やロシア、ベラルーシを訪問するなど活発に活動している。韓正は国家副主席、政治局常務委員(党内序列第7位)と国務院常務副総理を務めた。主要国以外の案件では、韓正が最も“活動的”であり、他の政治局常務委員、数名の政治局員、多数の特使、そして彭麗媛夫人もときに出現して話題をまく。直近では習近平の訪朝に同行した。
2026年上半期に中国が交流を激増させた国々(対面、電話、書簡を含む)は、米国、ロシア、ベトナム、パキスタン、北朝鮮だった。これは、北京が関係を管理・維持する上で最も重要視しているからだ。多くは効果的な政治演劇であり、道徳経の想像上の「壮大なイメージ」(大象)の空虚な模倣である。
訪問者の受け入れ、特にハイテク施設への案内は、「国際社会がイノベーションの成果を共有する革新的な中国のイメージを理解する」ために行われ、イメージアップ作戦の効果を上げた。調査対象となった36カ国のほとんどの回答者は中国と習近平国家主席を、米国とトランプ大統領よりも好意的に見ている(ピュー・リサーチ・センター、7月15日)。
文革時代の「批林批孔」を思い出してしまう。「批林批孔運動」は、1974年から毛沢東の承認を受けて発動された中央委員会副主席林彪と孔子の2人を批判の対象とした。
儒教思想は、すマルクス主義とは相容れないわけだから「儒教は革命に対する反動である」として弾圧の対象とされてきた。
毛沢東はこう指摘した。
「孔子を尊び、法を退ける? 国民党も同じだ。林彪もそうだ!」「秦始皇は中国封建社会における有名な皇帝である。私は秦始皇でもある。ところが林彪は私を秦始皇と罵った。私は秦始皇を支持し、孔を支持しない」。
習近平が突如、老子の道徳経の政治利用を思いついた理由は何か?
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