近藤大介『ありのままの中国』(中公新書ラクレ) 「数字法院」って何のこと?「恐年族」とは? 新流行語を追ってゆくと中国社会の見えないリアリティが浮かぶ
「抱腹絶倒、やがて悲しき・・」
大学卒業式を中国では『失業式』という。まじ、就職先がないのである。
レイオフは日常風景となった。そこで、馘首された人たちは、さも会社に通勤しているかのように装って定時に自宅を出る。
ところが、行く先は図書館か、レンタルデスク。そこで日がな一日、パソコンと睨めっこして時を過ごす。小遣い銭が枯渇していて、満足な昼飯にもありつけない。ちなみに広州市の公立図書館は無料なので早朝から列が出来る。これを「仮装上班」という。
本書で近藤氏は社会のリアルを如実に表現する42の新熟語(流行語)をならべて、深刻な実情をユーモラスに描く。たとえば「情緒消費」とか「哭哭馬」「乾婚」とか「死了摩」とかはどういう意味なのか。
実際に北京大学に留学後も、中国駐在の貴重な経験がある近藤氏だからこそ、本書は中国社会の奥底に沈む真実を抉り出した。
「情緒消費・哭哭馬」は注意深く中国社会を観察していないと流行現象のなかから、浮かんでくる中国人の心境や思惑、人生観の変化について考察が及ばない。
気分で衝動買いするのは「情緒消費」という。
「哭哭馬」はそれに付随してヒットとなったマスコットである。最初は「笑笑馬」と名付けて売り出したのだが、縫い合わせがあべこべとなって啼く馬のデザインとなった。
「見本と違う」というクレームが、いつしか「愁いをたたえた馬の表情が愛くるしい」となって爆発的にベストセラーとなって10ヶ所以上の生産ラインがフル稼働しても注文に追いつけないことになった。
偶然の産物でもあるが、こうした雑貨が、雑多で多彩な新製品のならぶ市場から生まれるのだ。
日本でもフラフープとか「だっこちゃん人形」とかの爆発的ブームがあったことを思い出す。
「乾婚」とはZ世代のカップルで、お互いの生活には干渉せず財布は別々、家計も別として、同居しながらもお互いに背中を向け合って赤の他人のように同居している。だから「婚内寡婦」とも「半婚」ともいうそうな。乾ききった結婚生活って、どういう気分で毎日を過ごすのか、いや彼らは感性が枯渇したロボットにちかいのか? これは一人っ子政策の残骸、我が儘放題の世代だから生活スタイルがこうした結婚のかたちとなった。
習近平政権の失策無策失敗によって中国経済は「失われた三十年」に突入した。
ちょっと突拍子もないことを言うが、もし、経済音痴、共産党独裁の習近平が四選となると、誰が一番得をするか?
じつはアメリカである。
トランプ政権に限らず、つぎに民主党が返り咲いても世界秩序に挑戦する中国はアメリカの敵であることに変わりはない。習近平続投となると、中国経済は「泥沼」から「底なし沼」に陥落し、百年は起き上がれないだろう。
だからこそトランプは周囲がはらはらするほどに習近平を「偉大な指導者」と褒めそやすのだ。
それにしても中国のハイテク競争に於ける猛追は凄い。
時代の寵児となったディープシークCEOの梁文鋒はこう言ってのける。
「過去三十年、中国は金儲けに熱中してきたが、イノベーションというのは好奇心と創造意欲が牽引するのであり、われわれにとって新モデルの開発は文化皇位であって商業行為ではない」。
またこう豪語する。
「我々の目標は非常に明確で、模倣や他社の発明品に付加価値をつけることではなく、自ら研究して探索してゆくことだ」
なにか得体の知れない妙な自信を一直線で表明していることに、ある種の懼れを感じる。
本書は現在進行中の中国の底辺の実態を、新造熟語に集約して余すところなく抉っている。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。