【大前研一のニュース時評】波紋呼ぶ温家宝前首相の“習近平主席批判” 「中国は公平と正義に満ちた国…貧者や弱者に同情、侮蔑や抑圧に反対する」

2021.5.1
習主席が香港を潰したもう1つの理由…(新華社=共同)
中国の温家宝前首相がマカオの新聞に「中国は公平と正義に満ちた国で、人を尊重し、自由で奮闘する気質があるべきで、そのために私も努力してきた。私は貧者や弱者に同情し、侮蔑や抑圧に反対する」と寄稿し、波紋を呼んでいる。
寄稿は3~4月、マカオ導報に4回にわたり掲載されたもの。表向きは昨年12月に亡くなった母親が清廉潔白な人だったことなどを回想したものだが、教師だった父親が文化大革命(1966~76年)の際、顔が腫れて目が見えにくくなるほど殴られたことにも触れている。習近平政権になって、文革時代の否定的な側面は報じられなくなっている。
温家宝氏は現在78歳。胡錦濤前国家主席の下で長く首相を務め、2008年の北京五輪、10年の上海万博を成功させ、GDPも日本を抜いて世界第2位に押し上げた。
かつて中国の開放路線に導いた最高指導者・トウ小平は「豊かになれる人から先になりなさい。貧しい人は後で追いつけばいいでしょう」と先富論を語っていた。しかし、格差は広がり、金持ちは一層金持ちになり、後ろで待っている貧しい人たちに対する救済は追いつかず、分断が起こった。
これを何とか食い止めようと、02年スタートの胡錦濤・温家宝体制は、格差の是正、社会的公正、社会福祉の充実に重点を置く「和諧(わかい)社会」を提起した。「和」は「和睦」(心を合わせて助け合うこと)、「諧」は協調(衝突がないこと)。いわゆる穏健正統派で、この時代、割と中国がまともな道を歩み始めていた。
その温氏が、任期制限を撤廃して永久皇帝のような振る舞いで「ヒトラー化している」と私が評した習近平国家主席に対し、ある意味、かなり強烈な批判を、場末も場末、マカオの新聞でしたわけだ。中国メディアを避けたのだろう。
これを知った中国人民は、「温家宝さん、元気だな」「あなたのような人が懐かしいよ」「もっと言ってくれ」と賛同してSNS上で拡散した。それに対して検閲当局が動き出し、ネットの閲覧や転送制限をする事態となった。ということは、自分たちが批判されたと認識しているのだろう。
1980年代~90年代初期のトウ小平時代は、毛沢東時代の政策を転換し、中国の開放路線を築いた。トウ氏は97年に死去したが、江沢民、胡錦濤、温家宝氏らの後継者は、社会主義体制を維持したまま資本主義を導入するというトウ小平「二面性路線」を継承した。
しかし、現在の習近平政権は赤裸々な資本主義で大国化を進める一方、政治の強権化を強めて民主化を押さえ込んでいる。
97年に香港の主権が英国から中国に返還された際に導入された「1国2制度」は、返還から50年、つまり2047年まで維持されるはずだった。しかし、習主席は「英国と締結した香港返還協定は、オレがサインしたわけじゃない。強制力はない」と、さまざまなことを形骸化させて「1国1制度」に持っていってしまった。
実はこの「1国2制度」を英国と合意したのはトウ小平指導部だ。そのトウ氏は習主席の父親、習仲勳の発案であった広東省を香港並みにする提案をパクっている。だから、トウ小平の合意した「1国2制度」なんてものは、一刻も早く終わりたかったのだろう。現政権に批判的でさらにトウ小平路線を懐かしむ温氏の寄稿も許せないというわけだ。
■ビジネス・ブレークスルー(BBTch)の番組「大前研一ライブ」から抜粋。
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