東アジア歴史文化研究会のブログ

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう

『核大国は氏素性の悪さを競う』高山正之、石平共著(ワック) アメリカは対日方針をころころと変えてきたが、すべてはロシア、中国に起因 中国の国民性を徹底的に分析してみると、その氏素性の悪さが際立つ

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なるほど。いわれてみれば氏素性が悪い核大国が顔を並べている。いずこの指導者にも品位が感じられない。米英仏も悪いが、ロシア、中国の悪さに比べると、ほんの少しだけマシか?

インド、パキスタン、イスラエルも核武装しているが、本書では殆ど問題視されていない。理由は世界史の主たるプレーヤーではないからだろう。日本を脅かす北朝鮮は別。

両氏は核戦略に絡めて、ずばっと、ロシアと中国の本質を衝く。

「その国の国民性、民族性ぬきには国際関係は語れない。ロシア人はモンゴル支配で受けた 精神的被害を晴らそうと、ときどき狂気じみた残忍さを発揮する」(高山正之)

「中国人は、唯一なびかなかった日本に、核攻撃することを全くためらわない」(石平)

安倍晋三が不在となって、日本は「腹黒い列強が競う世界」に生き残る術はあるのか?

日本の英知、度胸がためされるわけだが、日本の首相はバイデンにさえ追いつけない。例外は高市早苗で、飛車角さえ揃えばなんとかなるのではと高山氏は指摘する。

議論の集約は、核攻撃の可能性を論じつつ、ロシアと中国の歴史をおおざっぱに総覧し、軍事とは何か、国家とは何か。何を何から護るのかの基本を、熱意を込めて語らっているのが本書の強みだろう。

辻政信は「中国人は大義ということが何か理解できない」と訓諭している。大義を理解できなれば、中国政府が戦争に打って出ても兵士が国のために死ぬという発想はぜったいにうまれない。

中国史では時折、面子、威信を貫く歴史的な人物がでる。

明代の思想家・方考儒がその例外の典型である。

「恵帝に仕えていて、永楽帝が乱を起こすと永楽帝討伐の檄を書いた。しかし永楽帝が即位すると、その名声もあって即位の詔書を書くことを命ぜられるんですが、方考儒は拒絶して磔刑に処せられ、一族八百四十七人も死罪になった。」(石平)。

「永楽帝が帝を継ぐときに『それはあなたの天命ではない』と忠告した。『人の帝位を奪った』というわけです。すると永楽帝は『なにを生意気な』と、方考儒と家族一同を殺してしまう。こんな乱暴な話はありませんよ」(高山)

ところが、これを中国は美談として語られているのだ。大義に準じたというわけで、あまりにも稀有の事例だけに、しかも大義がないがゆえに美談として成立する。

この点で大義のために殉じた日本の英傑は楠木正成ら数え出すと際限がないほどいる。

さて話題はウクライナ戦争に飛んで、アメリカの戦略は「戦争を長引かせてロシアを消耗させ、ロシア国内の変化を待つ。プーチンがいずれ失脚するように、暴走しないようにコントロールしながら、追い込まずして自滅を待つ」ことにあると石平が言う。

プーチンにしても「下手に戦争を終えたら賠償請求などを突きつけられる。かってルーマニアにチャウシェスクとういう独裁者がいて、革命によって民衆の手で絞首刑(銃殺だったが原文のまま)。」 そういう構図をつくろうとしているのがアメリカの意図であると、高山氏は言う。

中国の分析を石平氏が続ける。

「アメリカは最初からロシアを潰して欧州全体を支配下に置くために今回の戦争を計画し、さまざまな陰謀をめぐらせてロシアを戦争せざるを得ない状況に追い込み、汚い手を使ってプーチン大統領を戦争に誘導した。そして戦争が始まって以来、アメリカはウクライナに援助することによって意図的に拡大させて長引かせ、それに乗じて火事場泥棒よろしく自国の軍事産業に利益をもたらし、欧州には転園ガスなどの資源エネルギーを売りつけている」(人民日報のコラム「鐘の声」は党宣伝部が執筆する)

「中国らしい誇大妄想的な陰謀論ですね。(中略)いまのアメリカに、本当にそんな巨大な陰謀を張り巡らせる力があるかねぇ」(高山)

ネットにプーチン賛美が溢れたが、これは中国人が習近平への不満を諧謔的に表現したのだという複雑な中国人の表現方法も、石平氏の分析である。