日本外交の三馬鹿とは石破、岩屋、林?
この対談本では、次から次へと政治家と外務官僚の“実名”が登場する。ホント、ここまで言ってイインカイ。
国益を顧みない、というより国益とは何かが分からない「彼ら」が如何にして中国のパペットに成り下がり、過去にいったい何をしたかを実名を挙げながら詳細に論じている。おそらく霞ヶ関と永田町で本書は強い衝撃をもってむかえられるだろう。
まして山上信吾(前豪州大使)は外務省内部にいた。
「安倍政権を支えた秘書官連中は、まったく保守じゃない人が殆ど」(山上)
「藪中三十二が「皇室典範を改正し愛子天皇を実現せよ」と言いだし、「TBSが『悠仁親王廃嫡論』を言い始めた。怖ろしいことです」(門田)
外務省エリートは岩波文庫、朝日新聞読者が多く、創価学会員が夥しいという。
中国にずばずば発言した垂秀夫大使は退官に追い込まれ、駐日中国大使はまるで「日本総督」のように振る舞っている。
中国の代理人のような伊藤忠大使は歴代のなかでも最低の大使だった。
日本は何時から中国の植民地になってしまったのか?
外務省を蔽っているムードは「中国に逆らってはいけないんだ」という風潮があると二人は共通していう。
「国会にも役人にもエリートはいない」(山上)
「二線級が議員や高級役人になる」(門田)
永田町と霞ヶ関に真のエリートは不在(「IQエリートばかりだが、世間知がない」、二流、三流が外交を司る恐ろしさ!
通読して、いくつかおもいあたることがあった。
第一に評者(宮崎)が唱えてきたように外務省はフォーリンポリシー(外交政策)を追求しているのではなく、フォローイングポリシー(追随政策)を実践しているのが実態。それも「追随派」(パンダハガー)と「追米派」(米国追随)のセクト対立がある。
第二に現在の外務省には陸奥宗光も小村寿太郎も重光葵もいない。外務省はミニストリー・オブ・フォーリンアフェアーズではなく、ミニストリー・オブ・フォーリン阿呆ヤーズスである。
第三に、そればかりか政治家、外務官僚の著しい劣化である。永田町に国家百年を論じる傑物は不在、目先の政策通はいても、自らの政治信念がないから官僚の洗脳的な講義に左顧右眄する。官僚は次の人事を計算にいれて政治家と接触する。まさに腐乱した、治癒の見込みが薄い絶望的な状態に陥っている。
「失われた三十年」とは、経済の停滞、GDPの陥落という金銭感覚のレベルではなく、外交主権もすっかり失われていたのである。
評者、四十代前半の頃まで、よく永田町と霞ヶ関に通った。当時、日本安全保障センターのボランティア事務局長でもあったので、有力政治家や高級官僚とかなり広いつきあいがあった。
外務省には法眼晋作(後の事務次官)や曾野明(後のドイツ大使)、高島益郎条約局長(後にソ連大使)らサムライの名残りを留めた人がいた。政治家も活力に富み、国家百年を語れる政治家がまだ多少は残存していた。石原慎太郎も元気だった。
その後、岡崎久彦はあまりにも親米路線だし、いま話題の宮家邦彦はアラブ専門家といわれながら飯山陽に「アラビア語が、あの程度では」とからかわれる。二流以下外交官とは、の田中均、谷野作太郎、その他大勢。
そのうえ「追随派(いわゆるチャイナスクール)」には習近平礼賛の「崇中カルト」と媚中セクトが主流だからと便乗する付和雷同の、そこはかと親中組が在籍する、二つのセクトが喧嘩ばかりしているそうな。
アメリカンスクールも大方が米民主党リベラル派と繋がり、共和党のメンタリティを嫌う。グローバリズム礼賛、アメリカのいうことに従おうという無自覚的無国籍セクトが主流だ。
外交とは国益を追求し、他国との関連を譲歩するだけの交渉ではなく、一歩も二歩も自国優位に導くことにある。相手を忖度しすぎるのは愚かである。だから評者は半世紀ほど訴え続けてきたことがある。外務省高官はすべからく自衛隊に半年ほど特訓へいくべし。国家防衛とは何かを身を以て体験すべし。さすれば外交が命がけの使命をともなくのだということが自覚できるだろう。
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