習近平の権限が及ばない軍、中央組織部、中央紀律検査委員会、公安部 熾烈化する共産党トップ同士の内部権力闘争(宮崎正弘国際情勢)
中国共産党の次の指導部を決める第二十一回党大会は2027年、その前に「五中全会」が26年7月に早めて開催という情報がある。習近平が焦っているのだ。
習近平独裁が続くか、降板となるかを占うのは、この五中全会次第と言われる。中央委員を選ぶ選考過程で、習近平派が多数をにぎるか、あるは反習派が多数派を形成するか。そういう文脈では重要なイベントとなる。
すでに軍権掌握に失敗した習近平は、対外的に権力を維持しているかのように見せる目的を含めて外国からの要人が訪中のたびに面談し、テレビで大きく報道させている。だから「外交の罠」だと米国の外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』が指摘した。トランプ訪中は習近平の延命に手を貸すことになるとの警告だった。
北京を訪問した外国首脳はプーチン、英国、フランス、ドイツ、カナダ、印度など20数ヶ国のトップが習近平とあった。訪中しながらも、北京をすっ飛ばして地方巡回をしたのはパキスタン大統領だけだ。中国の内部事情に詳しいパキスタンはなにがしかの情報を得ているのだろう。
外交演出は習近平が外交部と宣伝部をおさえているからである。王毅外相は習近平の忠犬ハチ公、その外交に睨みを効かせるのが、蔡奇(政治局常務委員、序列五位)だ。
すでに習の権限を及ばないのは軍、中央組織部、中央紀律検査委員会、そして公安部である。
軍が習近平にそっぽを向いて長老たちとは舞台裏で連携していることは前号までにみた。習近平政権が発足して、まず手をつけたのが軍のトップふたり(徐才厚と郭拍雄)の失脚と、公安系を牛耳った周永康の粛清だった。孫力軍、孟建柱も連座失脚となった。公安系を抑えることは権力維持に必須の条件である。
張又侠の拘束は蔡奇と公安特勤部(警備別働隊)が組んでの政治工作だが、中紀が絡んでいない。反撃にでた反習派は習近平ファミリーの大番頭だった馬興瑞を失脚させ、二月以後は公安部長の王小洪が表舞台から姿を消した。王小洪は例外的に4月15日に訪中したベトナムのラム書紀との会談で姿を見せたが、これは習近平が強引にお膳立てしたという。
馬の粛清で関連を疑われる李希は「寝そべり」族に変身し、日和見を決め込んだ。実際に官僚たちは「仕事をしない」、「新しいことはやらない」、「判子を押さない(サインをしない)」と徹底して寝そべりをきめこんでいる。なにかやると告発され失脚に繋がりかねないからだ。
▼共産党トップ同士の内部権力闘争
何人かの“新顔”のキーパーソンが浮かぶ。
中央紀律検査委員会の形式上のトップは李希(序列七位)である。かれは習近平派であるとは言え、鮮明に支持を表明してはおらず手足であるべき別働隊(巡視組)を采配している形跡がない。
「虎も蠅も」といって2013年から開始した反腐敗キャンペーンは王岐山が自ら巡視組を率いた。上海の腐敗捜査に赴いたときは、上海市の宿舎に市民が垂れ幕や横断幕を以て激励にきたほどだった。
王岐山が中央紀律検査委員会書記として中央巡視組を率いて上海市へ乗り込んだとき、標的は江沢民元総書記の親戚やその周辺の人脈が率いる企業(上海連合投資など)と上海市の高官たち、上海関連の国有企業幹部や市幹部が汚職容疑で調査・解任され、上海における「腐敗の象徴」的な利権構造が徹底的に追及された。
つまり反腐敗とは、政治武器として活用し、敵対派閥を絶滅させることなのである。巡視組は「調べるのではなく相手の政治生命を奪う」のだ。巡視組は2009年に条例によって制度化された。
この「Gメン」的な、あるいは「東京地検」的な捜査権をもつ巡視組はいったん捜査を開始すると当該官庁に70日ほど駐在し、書類を徹底的に精査し、誰誰が拘わっていたか等を厳密に調べる。この間に市民からの告発、たれ込みを受け付け、手紙やメールが殺到する。某プロジェクトにおける契約、領収書の確認から、関連企業、ダミー口座、愛人関係などが市民からの告発で埋め尽くされる場合もある。
いま巡視組が駐在しているのが最高裁判所、最高人民検察院、そして公安部と司法省である。つまり公安部長の王小洪は捜査対象なのである。
王小洪は福建省時代から習近平のミウチ的存在で一緒にカラオケにいったり習ファミリーの中へ食い込んでいた。習近平のボディガードの総責任者なのだ。
したがって信頼が厚いが、その分、敵が多い。秀吉が抜擢した石田三成に敵が多かったように。
チームを現場で率いるのは劉全国(中紀副主席)、中央組織部長は石泰峰、元締めが政治局常務委員の李希である。
2025年4月、中央組織部長だった李幹傑と中央統一戦線工作部長だった石泰峰が入れ替わるという珍事が起きた。
両者ともに24人の政治局委員であり、政治局委員同士の役職交代は前例がない。李幹傑は原理力専門家で、精華大学閥に属する。
石泰峰は中国社会科学院院長時代の上司が李克強であり、以後、内モンゴル自治区委員会書記、寧夏回族自治区委員会書記、江蘇省書紀、北京大学法学部で法学修士号を取得している。つまり石泰峰は反習近平派、李幹傑は習近平派である。
決戦は近づいている。
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