東アジア歴史文化研究会のブログ

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安倍政権は習主席「国賓」招待を延期せよ! 世界がシラケる首脳会談に“政治センス”疑われる可能性も (ニュースの核心)

東アジア歴史文化研究会

2020.2.29
マクス姿の習主席。この状況で「国賓」来日する気なのか(新華社=共同)

中国発の新型コロナウイルスが猛威を奮っている。そんななか、日本は4月に中国の習近平国家主席を「国賓」として招いていいのか。安倍晋三政権は事態が完全に終息するまで、国賓招待の延期を申し出るべきだ。

私はこれまで、安倍首相が沖縄県・尖閣諸島に対する威嚇行動や、日本人の不法拘束、中国国内の人権弾圧などについて、習氏に「言うべきことを言う」なら、国賓招待でも構わない、と思っていた。

だが、新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)で事情は完全に変わった。いまや中国はもちろん、日本も「新たな感染の発生源」とみられている。そんな両国の首脳が正装に身を包み、宮殿で乾杯のグラスを合わせていたら、世界の人々は大きな違和感を覚えるに違いない。

そもそも、両国が国賓訪日に合意したのは、「日中関係が正常軌道に戻った」ことを確認するためだった。私は「日中関係が正常化した」とは思わないが、百歩譲って、そうだとしても、世界中がシラケるようなタイミングで首脳会談を開いても、政治センスを疑われるだけだ。

招待した日本側が延期を申し出たら、非礼に当たるだろうか?

私はそう思わない。中国も分かっているはずだ。習氏自身が新型肺炎との戦いを「人民戦争」と呼んでいるくらいである。そんな非常時に、最高司令官が国を不在にする方がどうかしている。歓迎こそされ、非礼と怒られるいわれはない。

ところが、2月23日付の産経新聞によれば、「自ら『延期』を持ち出したくない中国側のプライドに日本側の思惑も絡み、互いの出方を探る『神経戦』の様相となっている」という。いかにも、官僚らしい。彼らは自分の失点になるのを恐れているのだ。

それなら、こんなときこそ政治家の出番ではないか。茂木敏充外相でも、安倍首相でもいい。「オレが責任をとる」と腹をくくって、中国側との折衝を事務方に指示すべきである。

国賓招待問題に限らず、新型肺炎をめぐる安倍政権の対応は、はっきり言って、生ぬるい。「危機感が足りない」と言わざるを得ない。マスク1つとっても、「17日の週には行き渡る」と言っていたのに、いまだに店頭に十分、並んでいないではないか。

政府の専門家会議が出した見解もそうだ。「心配だからといって、すぐ医療機関を受診しないで」などと寝ぼけたことを言っている。国民が聞きたいのは、そんな話ではない。例えば、「検査を健康保険扱いにして」といった政府への切実な要望である。

それが言えないのは、官僚が舞台裏で専門家の見解を下書きしているからだろう。「設備や人員の制約で、すべての人に検査ができない」と言っているのが、その証拠だ。政府にしか分からない答えを専門家に言わせている。この期に及んで、茶番劇など見たくない。

いまは非常時なのだ。新型肺炎対策も、習氏の国賓招待問題も、官僚任せにせず、政治家が大所高所から決断すべきである。内閣支持率は急降下した。このままなら、安倍政権の足元が揺らぐ。

■長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ) ジャーナリスト。1953年、千葉県生まれ。慶大経済卒、ジョンズホプキンス大学大学院(SAIS)修了。政治や経済、外交・安全保障の問題について、独自情報に基づく解説に定評がある。政府の規制改革会議委員などの公職も務める。著書『日本国の正体 政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社)で山本七平賞受賞。最新刊に『明日の日本を予測する技術』(講談社+α新書)がある。